告白大会
中編……
「それで、夕べはどうだったの」
「勝ったわよ。勿論」
翌朝、といっても大分寝坊気味の9時半、大鍋いっぱいの粥を準備し終えて、サンジはナミに問うた。ナミは死ぬほど濃いコーヒーを啜りながら、うっすらと翳った目元を押さえながら淡々と答える。
「もういい加減やめときゃいいのに」
「勝敗はくつがえりゃしないものね」
「つかないの間違いでしょ。あのバカが一言だってそんなこと言えるもんなら、俺は宗旨替えしたっていい」
大真面目にサンジは言い切った。
「女好きのサンジ君にそこまで言い切られちゃうと、かなり辛いものがあるわね」
「少なくともナミさんのことは一度諦めるよ」
一度って限定する辺りふざけているが、サンジの顔つきは結構真剣だ。この話題に関しては必ず。
「ねえナミさん、俺は貴女のことなんか、とっくの昔に愛しちゃってるんだよ」
バランスの悪い心が性懲りもなく揺さぶられるのに焦って、ナミはつい程度の高くない切り返しをしてしまう。
「あら、どっかの王女様はどうなのよ?」
サンジは穏やかな笑みを浮かべただけだ。
もともと目に見えて触れるものしか信じられなかった。
形の無い何かには信じていいものとわるいものがある。見えない悪い何かは、いつの間にか奥底まで潜り込んで気づいたときに酷く傷つけられるのだ。
約束とか誓いとかそれらは、だけどこの場所では疑わなくていい。ここは特別な場所だと思っている。これが嘘になるときは痛すぎてこの世界も生きてるもどうでもいい。
ただ世に飛び交いすぎる些細な一言が今は苦しいだけだ。
ゾロは。
ゾロは決して誰も裏切らない。
ゾロは必ず生きることを考えてる。
ゾロは私を傷つけることはない。
ゾロは私が求めるならきっと助けてくれる。くれた。
ただ、それはゾロが私を愛してるってわけではなく、私はゾロを信じてはいても愛してるかと訊かれたら非常に疑問があり過ぎて、つまりお互い様な私たちの関係なんだろうか。
愛なんて言葉が欲しいわけじゃなく、曖昧さを形にしたいだけだ。
ゾロにも私にも至上の誓いがあって、それはお互いじゃない。では仲間で片付けようと思ったら、何か違うと私の心が異議を唱えるのだ。
きっと愛なんて言葉で片付けられたら、私は適当にあしらえるだろうし、毎日は平和で揺らぐ心の隙も無い。
けれど他に手ごろな言葉も無いことだし、ひょっとしたら適当になんてあしらえないかもしれない。何故ってゾロがゾロであるゆえに。
結局は自分の心もわかんないんじゃないか、と自嘲したくなったりもして、とうとう重症末期状態。
お願いだから笑わないでね、サンジ君。
ほんのり甘いお粥はおいしい。別に二日酔いではないけれど、心が自家中毒を起こしかけた翌朝は二日酔いよりなお酷い。
左隣では、問題のゾロがもくもくと粥を食べている。この男の口は多分食べるためと刀を咥えるためだけについているんだろう。あと時々憎まれ口を叩くのと。
「あんた甘いの平気なの」
つい声を掛けると、何を言ってるんだ?と首を捻られた。
「甘くねえ」
「こいつのはダシと塩気なんですよ。甘い粥なんか粥じゃねえとさ、我儘な奴だ。他の皆のはミルク粥で、ちょっと砂糖も使ってます」
「なあサンジ」
スプーンを咥えたままルフィが椀を差し出す。
「違うほうのも食ってみたい」
「そう来ると思ったよ」
おいゾロ、おかわりすんなら今のうちだぞ。親切にもルフィの椀を取り上げたままで、サンジが警告を発した。
「もう八分目くれ」
スプーンを構えたまま、まだ残りのある椀を差すゾロの横からナミは思わず口を出す。
「塩辛いお粥ってどんな感じ?」
「食ってみるか」
リゾット? 俺はあれは好かんが、あんなもんだ。スープ粥だと思やいい。
ほれ、と縁までいっぱいの椀を目の前に差し出されて、どうしたもんだろうと思っていたら、右側から袖を引っ張られる。
「おれも食ってみたい」
じーっとチョッパーが見上げていた。
「ほら見ろ、塩味粥のが人気あんじゃねえか」
「物珍しいだけだろ。疲れた胃袋にゃミルク粥の方が効くに決まってる」
よそいたての粥はまだ熱く、ふうふうと冷ましてやっているゾロとそれを待っているチョッパー、なんていう構図の間に挟まれて、どうすればいいの私は。
「食うんじゃねえのか」
ふと気がついたら冷まし中の匙が自分に向けられていた。
「私じゃないでしょ。チョッパーが待ってるわよ、雛鳥みたいに」
そうなのか? おれ雛鳥なんかじゃないぞ! 大人のトナカイだぞ! そりゃそうだな?
ゾロはせっかく冷ました匙をぱくりと咥えて、んまいとうなずいた。
「梅干がありゃもっといいんだがな」
ますますもって挑戦的なことだ。サンジが小皿を差し出す。
「オリーブの酢漬けだ。似たようなもんだろ」
「全然違う」
にべもなくつき返された小皿を見てサンジ君が何を考えてるかなんて手にとるようにわかる。
次の寄港地では梅干を探しに走るんだろう。
「ところで夕べはどっちが負けたの?」
ふいにロビンが思いついたように問うた。
「あたしが勝ったわ」
「そう」
勝ち負けで言えるようなことではないのは、わかってるってば。そう言いたいんでしょ、ロビン。
「あの二人だけど、何時からああなの」
「かなり初めっからだね」
「あなたも苦労するわね」
「最近じゃそれが楽しくてさ」
いささか不健康な感想に、ロビンは興味深げな視線を送る。サンジは向かいの席でひたすら青豆の筋を取っていた。
「別に俺は心理的マゾじゃないんですけどね」
ウソだろ、とウソップの突っ込み。に命中する鍋の蓋。
「真面目に妬くだけ無駄だってことに気がついたんですよ。何がどうしても結局は惹かれあってるのは見え透いてるんだ。ただそれを誤魔化し通そうとする諦めの悪さがね、俺には面白くてたまりません」
「余裕ね」
「一線から退いてこそ手に入るもんですから」
「それであなたの愛はどこに置いてきたの?」
「俺のメシ食ったやつの腹ん中です。大方はね」
貴女の事だって愛しちゃいるんですけど、とサンジは付け加え。
けど、何かしら? とロビンは静かに詰め。
あの二人はほっときゃ永遠にあのままだ賭けてもいいぜとウソップは(黙って)考えていた。
黙っている辺りが卑怯だぞてめえ。
何を賭けるっていうんだよおまえ。
そりゃ交際御祝儀とか?
あああ失恋見舞いとか!
仲間ってのは便利なんだか不便なんだかよくわからない言葉だ。
便利さの恩恵を一番にこうむってんのは間違いなくルフィで、曖昧さの災難に根底から揺さぶられてんのがゾロだ。
何故って、ルフィは信じる男でゾロは信じたい男だから。
さらに厳密に言えば、信じると決めたら揺るぎようもないほどの無意識系強情者がルフィで、さりげなく常識的に裏切りを恐れ言葉の意味を問い返す意識系性善説がゾロ。
さりとて俺はと問らわば、ああもこうもと用例を並べてみてはぐらかそうとして、失敗して墓穴を掘る、捩れた純情?
「そうか、俺が食ってんのは全部お前の愛なんだな。そうか」
今日のおやつはバナナロムレットです。チョコレートソースを添えていただきます。
消化がよくエネルギー値が高めなのが特徴です。
楽しそうに嬉しそうに口いっぱいに頬張りながら頷いてんじゃねえクソゴム!!
はぐらかした俺が悪いんですか? ロビンちゃん?
わざわざそこだけ吹き込まなくたっていいじゃないですか。泣。
ナミさんが欲しがってる言葉は俺では捧げられないんだな。
俺の好きはナミさんの好きと似ている。それはさらにルフィの好きとも似ている。
欲しいものは手に入れて贈りたいものはなんだって贈る。そんな思いの渦なら、正直で心地良いだけだろう。
無造作に放り出すくらいの方がいいんだよ。言葉なんてのは。結局は使い手の思うがままに、聞き手の思うがままに、その相互誤解が真実以上の何かを呼ぶんだから。
それを恐れて、自意識の元に全てコントロールしようとするなら、口を閉ざし続けるしかない。
そしていつか、ただ媒体を通さない思いだけが捉えどころなく氾濫して、拠り所を求めて暴れることになる。
行動意欲有り余る本能や欲望に侵食され取って代わられることがないように、目的と手段を明確に分離すべく愛なんて言葉を振り回すわけだ。
愛なんてものは。
「もしかしてサンジ君の愛って人間愛?」
ふと思いついたようにナミが呟いた。
「……まあ大体そんなようなところですか」
学問上の愛は三つ。愛欲、友愛、慈愛。
そのどれにも当てはまらないこの渦をなんと表現したらいいんだろう。
言葉の切れ端削ぎ落として、どんな単純な一言を求めてるんだろう。
決意表明には軽すぎる言葉を積み重ねた。
初めから自覚はあったけれど失敗したようだ。
とてもよく似ているから並べれば違いが目立ちすぎる。
「まさかサンジ君にまでルフィと並列されるとは思わなかったわ」
「愛って言うならね」
俺は嘘つきで、ええかっこしいに、卑怯技とでも、なんとでも言われましょう。
そうだねえ。
「ナミさんはかわいい。ナミさんはかっこいい。そんじょそこらの男なんか目じゃないくらい強くて潔くて男前で、今まであった中じゃダントツにいい女だ。大好きだよ」
ナミさんは満足げながら、首をすくめた。
「大好きって言葉には弱いのよ」
「だから俺は、貴女の安全圏でありたいと思ってますよ」
「……ありがとう」
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