告白大会
後編!




 愛なんてものは。


 バーベルを倉庫に片付ける。背後の入り口影に毎度の気配を感じ、呼んだ。
「チョッパー」
「風呂、入んのか?」
「入るか?」
「入る!」
 強い毛皮を容赦なくタオルで流してやると、人獣型のちまちまとした仲間は嬉しそうに鼻歌など歌う。かわいらしいというのはこんな感じかと思わず納得する。なかなか悪くない。
 そういうわけで日課となった。チョッパーを風呂に入れる事。
 汗で張り付いたシャツを脱ぎ捨てると、うわ……と痛そうな声。
「もしかしてナミか?」
「ああ」
 肩の斜めにくっきりついた四本線。昨夜担ぎ上げた時恐らくわざと引っかいた爪は、本物のネコ並に鋭くて血まで滲んだ。それをどうこういうのも女々しいかと、無理やり顰めた顔。半分は本気で痛かったのだが。
「やっぱり仲悪いんじゃないか?」
「そうでもねえさ……多分」
「……多分か」
「ああ」
 浴槽には半分くらい湯を溜める。湯気がもうもうと立ち込めるくらいに熱いやつがいいとのこと。先に洗ってシャワーで一気に流す。
 チョッパーに石鹸をなすりつけながら、はたして先刻の返事は正しいだろうかと自問自答。
『愛してる?』
 愛なんてものは。
 とかく居心地の悪い女々しさ、といったら怒られるだろうか。曖昧で万能に見せかけて何の役にも立たない。まあそれを言っときゃどうにかなるさ程度の、気安すぎる言葉ではないか?
 記憶の中でいい加減な愛を強請る女の群の中に、あいつを埋没させることは到底不可能で、そんなものじゃない、とどうしても拭えない違和感に黙り込む。
 会話を締めくくる諦めと苦笑交じりの言葉に、安心した分だけ疑問が残る。言葉を濁さなきゃならないような曖昧さが自分の中にあるのか?
 都合のいい女ならいくらでもいる。強請られたときにはおざなりでも返した。それ以上のものは思いつきもしないで、幾らの気恥ずかしさも何もなく。
 真剣というなら真剣なんだろう。言葉遊びのつもりもない。俺は剣士で、もしかして馬鹿か?
「なあゾロ、石鹸つぶすと怒られるぞ」
 やっぱり馬鹿か?
 力いっぱいにこすって泡だるま状態のチョッパー、ついでに自分も洗う。
「なあゾロ、一応ナミはゾロのなんだろ?」
 急に振り向くなチョッパー。角が危ねえから。
「お前流に言えば多分な」
「どやってルフィに勝ったんだ?」
「何でそこでルフィが出てくる?」
「だって強いから」
「人間の女はやたら条件が細かくてな。強さはあまり重要じゃないらしい」
 ああ、自分は多分動物的なんだろう。その人間ならではの些細な条件がどうにも理解できない。
「男はそうでもなさそうだよな」
「なんでだ?」
「だってナミ、胸も腰もしっかりしてるし、強くて綺麗だ」
「別にそれだけが理由じゃないがな」
「……ゾロ、難しがりだな」
「なんだそりゃ」
「好きなら好きって言えばいいんだ」
「そりゃそうだろうがよ」
 そうか難しがりか。
 自分にとってみればナミのほうがはるかに難しい。と思う。
 好きかと問われれば是と答えられる。
『愛してるって言って御覧?』
 試すような言い方をするのがいけない。何を試されてるのか勘繰って、なんだか言ったらからかわれそうだと、そうだそう思ったんだ初めは。ただあの諦めたような物言いも気に食わなければ、それで罪悪感を感じるのも面白くなくて。
 何について?  湯船に使っているとのんびりしたノックの音が。


「安全圏、ね」
 ちゃんとわかってるんだなあとナミは思う。何が不安で何が足りなくて何をためらってるのか全部把握してるから選んだ言葉だ。きっと。
 仲間で、大切に思ってくれてて、異性で、選ばせてくれてる。焦ることも不安もないから、ゆっくり選んでおいで、と背中を押されたようなものだ。
 俺は気長に待ってるし。見た目ほど心変わりもしないし。
「……つくづく恵まれてるわ」
 何時まで試せば気が済むんだろう。多分はっきり言われるまでだ。欲しいのは多分友情でも愛情でもない。それなら何だ。私が欲しがってる『愛』って何。
 女部屋に入ろうとかがんだ状態のままで立ち止まる。しばらく考える。考えるようなことじゃない、多分。
 扉の向こうから無心な問いかけとその答えが。


 常日頃なら有り得ないことだった。
 あくまでもゆったりとしたペースは崩さずに、ナミはごく当たり前の顔をして入ってきた。
「湯船から出たら叫ぶわよ」
 初めにそう断って、ナミは蓋を閉めた便座に座る。湯船の隣。足を組むのは挑みかかる勢いの表れだ。おまけに腕まで組んでいる。これは拒絶の象徴。
 虚勢だ。何時もの。
「よっぽど大事な用件なんだろうな。わざわざ風呂場を襲うからにはな」
「まあね。聞きたいことがあったの」
「何」
 真ん中で思いもせぬ展開にあたふたしているチョッパーの頭に手を置いて、ゾロはなるべく無心を意識する。
「私を何だと思ってるの」
「仲間だと思っている」
 単語にそれ以上の意味を求めたって多分儚い。
 話の流れと真意を勘繰ったって無駄で無意味。
「ルフィもそう言ったわ。同じ言葉よね」
「ああ」
 それ以外に何もあるわけがない。
「私は女なんだけど、仲間なのよね」
「女で、仲間なんだろ」
 ゆっくりと、のんびりをよそおって。
「それは違うことなのかしら」
「多分な」
 間に挟まれて黙っていたチョッパーの顔が赤くなってきた。
「……すまん、タオル取ってくれ。湯当たりしてるから出さす」
 腕の力だけでチョッパーを持ち上げた。毛が濡れて嘘のように細くなったチョッパーは、くたっとだれている。タオルに来るんで受け取ったナミは、膝の上にそのまま抱えて、組んでいた足を下ろした。
「大丈夫?」
「目が回る……」
「やっぱりごめんね、利用しちゃって」
「利用したのか?」
「うん、緩衝材にね」
「仲直りしろよ」
「喧嘩なんかしてないわよ」
「ゾロはお前のこと好きなんだぞ」
 咄嗟に身を起こしかけたのは、焦ったのか黙らせようと思ったのか両方か。
「叫ぶわよ」
 錐のような冷たい一言に腰を落とす。ナミには動揺の欠片もない。それが妙にショックで愕然とした。
「ところで私はルフィのこと好きなんだけど」
「そうか」
「ルフィも私のこと好きなんだって」
「そうか」
「それであんたのことも好きなんだって。……ねえなんて顔してるのよ」
 気恥ずかしいのは私の方だのに。
 ナミはチョッパーを抱えて(盾にするみたいに)
「女で、仲間って。何がどう違うのか教えてよ」

 漠然と、欲情と純情の境目を問う。

『やっぱりな』
 ある朝珍しく見張り台の上で寝こけていなかったルフィの台詞だ。
『俺じゃ駄目だろうなーって思ってたけどさ』
 何で、と本気で理由が見つからなくて聞き返した。
 んんん、とルフィは珍しく人を馬鹿にしたような顔をして言った。
『俺のナミは仲間だし、あいつはものすごく女だからさ』
 ものすごく女ってそりゃどういう女だ。
『教えてやんねえよ。一応妬いてんだ』
 女らしいかとか美人かとかそういう?
『ちなみにサンジも共同戦線だかんな。敵に塩はやんねえもん。ぺぺぺ』

 何がぺぺぺだあの野郎。

 女は強くて弱い。女は女だってことにこだわる。女は目に見えないもんにこだわる。
 ……男だって同じだろ。
「俺もルフィの」
 好き? 大分違うぞそれは俺的に。
「心意気に惚れた。だからここに居る」
「うわー男臭ーい」
 膝の上に抱えたチョッパー、大分元気になったらしい、二人そろってわざとらしく驚くナミ。
「茶化すな!」
 大分寛いでやがる。これはナミには悪くない兆候。俺にはたまったもんじゃなく。
「それで?」
「でなきゃ同じ道はいかねえ。それが仲間ってもんだろ」
 ああ、いい加減熱ィ。
「俺に取っちゃお前も仲間だ。ただの女かと思ってたらとんでもねえ。とんでもねえ女だ。女ってのはこんなに頑丈でずうずうしくて強かでしぶといもんだとは思ってなかった。そりゃすごい女もいるにはいるが、てめえは格別だ」
「……ねえ、褒めてんの? それとも貶してんの?」
 ああ恥ずかしい。いや、気恥ずかしいのが正解だ。恥じることは何もねえしむしろ誇りたいくらいに。
「見事な女だと思った。だから惚れた」

 男は真っ裸で湯船のなか茹だり。
 女は便器の蓋に座って膝に茹でトナカイ。

「……こんなとこで聞くんじゃなかった」
 歴史的一言をこんなとこで聞き出すんじゃなかったぁとナミが嘆いてべそをかきだした。
「………女ってやつはどうしてこう雰囲気だのよくわからねえもんにこだわる……」
「いいじゃないの夢見させてよ! ああもうやっぱり人並みにロマンス求め続けた私が馬鹿だった!」
「ロマンス? んな食えないもんはコックに任せとけ。あいつならそれなりに食えるようにして出すだろうがおれは剣士だコックじゃねえ」
「あんたが言うのが聞きたかったんだもん!」
「何を!」
「言わない!もういい!どうせマリモ色よどうせ!」
 いやんいやんと顔を両手で覆って横に振っている。ふとチョッパーと目が合った。睨み殺されそうだとゾロは思った。
「ナミはな」
 しまった俺は真っ裸だ。刀もない。いや斬りはしないが何しろ角が怖い。
「ナミはゾロのことすごく好きなんだぞ!」
「もう!」
 べしっと。顔を覆って居たはずのナミの手がチョッパーをはたく。
 べしゃっと。チョッパーが床に落ちる。
「おいチョッパー!」
 焦って拾おうと立ち上がったゾロ。ナミの動作がはたと止まる。
 きゃあぁあああぁぁああ、と。
 悲鳴が響く前に、塞いじまえ塞いじまえとやけくそじみた接吻をした。ナミが諦めて黙るまでした。
 しながら片手でチョッパーを拾って抱える。
「愛なんて言葉は性に合わん。絶対言わないからな。言わせようとするな。したら黙るからな」
「……でも私のこと一応ちゃんと好きだったんだ」
「でなきゃこんなことするか」
「あんたって見た目とか気にしないタイプなのね。いつも」
「いやそれなりに気にはするが」
「例えばどういう?」
「やっぱこう、出るとこ出てるほうが」
「あははははケダモノ」
 照れ隠しには鋭すぎる鉄拳が鳩尾に決まりゾロは咳き込んで湯船に沈んだ。沈んで気がついた。
「なんて顔してんだ」
 目元から耳のほうまであかくなったナミが、うるさい見るなと殴りかかる。
「お前ほど男勝りでも言葉一つだけ欲しがったりするんだな」
「ただの女なんだからいいじゃない!」
 ああ、成程。
 すごく女ってそういうこと。
「悪かった。俺が悪かった。な」
 これでもお前に惚れてんだ。
 拳にはさほどの威力もなく、簡単に捕まえることができた。


 多少ふらつきながらも湯気を立ててほくほくなチョッパーと、そのチョッパーを頭に載せた仏頂面のゾロがダイニングに入っていくと、何故かブーイングと拍手が起こった。
「なんだよ普通に出てきたのかよつまんねえ」
「イエー俺の勝ちーこれで借金返せるぜ……ゾロありがとうな!」
 ウソップがやけに明るく俺の肩を叩く。
「んだよクソ、こいつのどこにんな理性があんだと?」
「なあなんて言ったんだ?」
 ししし、というよりは、ひひひ、といったルフィの笑い。
「手前ら何してやがる」
「賭けよ」
 ロビンがひらひらと片手指で円を作ってみせる。その手のひらに耳が。咲いている。
「へえ……そうかい。暇だなあお前も」
「やっぱり強引にでも場を移した方が良かった気はするわよ? 女の子ですものもっとロマンティックに」
 ああ背筋に寒気がする。やめてくれ。
「いいんですロビンちゃん。ロマンティックは俺の受け持ちなんです。ナミさん愛最後の砦なんだからこのクソ野郎に進出されちゃ困るんです」
 もしかして酔ってるのかこいつ。
「かわいそうなコックさん」
 椅子から生えてきた手がサンジの頭を撫ぜ始める。
「なあそれでどうなるんだ?」
 宣戦布告はどこに行ったんだルフィ。
「仕切りなおしだと。とりあえずこいつになんか飲ませてやってくれ」
 チョッパーをルフィの頭に乗せなおす。チョッパーはやたらわくわくした目で、頑張れよ! ちゃんと言えよ! と念を押す。
「そうかーロマンティックに仕切りなおしかー」
 ルフィはにやにやと笑いロビンを見た。
 ロビンはうふふふと笑い目と耳を咲かせた。
 しまった。楽しそうだ。
 サンジはチョッパーにレモネードの残りをいれてやって、煙草を取り出した。
 深々と煙を吐いて嫌な笑い方をする。
「レクチャーしてやろうか。ロマーンティックな告白の仕方」
 前の二人はともかくこいつは敵じゃない。
「いや、要らん。とりあえず部屋で待ってろって言われてるからな。しっかり磨くとか何とか燃えてたが」
 ほら撃沈。
「まあゾロ、頑張れや」
 しみじみとウソップに背を押され、そういえば、と思いつく。
「おいルフィ」
「ん?」
「いやに嬉しそうだな」
「やーだって知ってたし。いい塩梅にいって良かったなー、ってさ」
「何が」
「お前らずっとべた惚れだったもんな」
「妬くんじゃなかったのか」
「今更だろ」

 さあ、歴史的大告白をもう一度。
 今度は相互で自分の口で。よろしく。


 全部俺のだとルフィは笑う。
 ロマンティック任せてくださいとサンジ君は手を広げて待ってる。
 お前も大変だよなあとウソップに言われたら、役得だものと胸を張ります。
 出るとこちゃんと出た胸を。
 男が男に惚れ込むように、女が男に惚れたって良いわけで。
 私は私たちは互いに惚れ込んでいるのです。

 それはもう色艶通り越して真剣勝負で正面から認め合える互いの真実。
 多分この場合の愛ってそういうこと。
 



back end 







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