My Son.
roki様




降り積もっていく雪は、すべてを覆い尽くしていくのだろう。



「チョッパー、準備は出来ているのかい」
雪を踏みしめながらDr.くれはがロープウェイを覗くと、そこにはそりしかなく、彼 女の助手であるトナカイの姿はなかった。
「まったく」
ため息を一つつくと、雪の中に点々と残された足跡を眼でたどった。
「カルテを見せてからというもの・・・どうも物思いが激しくなってきているみたい だね。いつまでたっても、おセンチなトナカイだよ。あいつは」


チョッパーは眼下に広がる真っ白い山裾と所々に見える針葉樹の緑をぼんやりと見下 ろしていた。

それらの向こうにはいくつもの村が存在し、人々が生活している。
ヒルルクと二人で暮らしていた頃、よくあれらの村に降りては、人に追いかけられて いた。
(あの時は、ちょっと怖かったな)
怖い筈の思い出なのに思い出すと笑みがこぼれる。
(ドクターったら酷いよな・・・俺のこと囮にするんだから・・・)
それで頭にきて思いっきり喧嘩して、仲直りして、笑った。
実験に失敗して死にかけたのも、後ろから銃撃にあって二人して逃げ回った事も、今 思い出せばすべてが楽しかったような気がする。

そう楽しかったのだ。

ヒルルクと二人で暮らした時間は短かったが、一日一日はおもちゃ箱をひっくり返し たように様々な事が起きた。
ドクターはとんでもない無茶者だったし、強引で、極端で、手段を問わなかった。
そして同じくらい愛嬌と優しさにあふれた人だった。
ドクトリーヌと一緒にトナカイ姿のまま村に降り、様々な人間を見たが「彼」に似て いる人はちらともいなかった。
だからよほど人間でも「変わり者」の部類だったのだろう。
それでも、あの1年間は宝石の様に自分の中で光っている。自分にとっては。

ドクターはどうだったのだろう。

ヒルルクが死んでから、ドクトリーヌについて必死で医学を勉強した。
あれから5年近くたつ。

「もうお前に、教えられる事は全て教えたよ」と、この前ドクトリーヌに突然言われ た。
「えっ?」
薬草を作った後に、すり鉢を片づけている途中で一瞬何を言っているか分からずポカ ンとした。
「にぶいトナカイだね。もうあたしが知っている技術は全て教えたって言ったんだよ」
一仕事終わった後、梅酒で一杯やりながら、くれはは笑った。
「教わった事をどう生かしていくかはお前しだいさ。まぁ、ここから出て行くにして も恩はちゃんと返してもらうよ。分かっているね?」
「う、うん!もちろんさ!ありがとうドクトリーヌ!」
ではまだしばらく一緒に暮らしてもいいのだ。
「出て行け」と言われなくてよかったとホッとしていると、一冊のカルテを目の前に 出された。
「・・・なに?」
「お前が前から見たがっていた物さ」
カルテに書かれた名前を見て息をのんだ。
「これ・・・!」
「そう、あのやぶ医者のカルテさ」
これまで何度頼んでも「半人前がなに言っているんだい」と鼻からあしらわれた。
もちろん見たからといて今さら何が出来るわけでもない。
ただ知りたかった。
カルテを受け取る時、自分の爪が震えるのがわかった。

カルテを見て愕然とした。
菌が全身に転移して、例え手術で強引に搾取するとしても、イタチゴッコで追いつか ないだろう。
たった今、自分の前に彼が現れたとしても、出来ることといったら延命ぐらいだ。
それでも何日もたせられるか、どうか。
診断した時はすでに末期の状態で、もって2、3日。これで「3週間だませる」とし たくれはの腕の方が凄い。
これだけ広がった菌を完全に殺すとしたら、それこそ身体の中から「万病薬」でも投 入する以外ないだろう。それがあれば。

(万病薬)

あの日、それだと信じてドクターに飲ませた素人の自分を、殴り飛ばしたくなる。
今の医学でもあのドクターを直すのは不可能だ。解決策は未だ見つかっていない。

わかっている。

でもわずかだが余命はあったのだ。それを自分が奪った?

そこに考えが行き着いて、急に心臓がギューッッと縮んでいくような気になる。心因 性の筋肉縮小だな、と医者の頭が何処かでつぶやく。
くれはの元についてからは無我夢中で、ちょっとでもぼんやりしていたら包丁を投げ られたから、その事について深く考える事を棚上げしていた。
「ドクターの分までいい医者になるんだ」という想いだけに突き動かされてひたすら 勉強に打ち込んだ。
でもカルテを見てから、それまで触れないようにしていた考えや想いが一気にあふれ だして止まらない。
気がつくとぼんやりとしていて、ドクトリーヌから包丁を投げられる。
目の前に刺さった包丁がビーンと震えているのに、やっと自分がぼんやりしていた事 に気づく。それで怒られる。
研究や仕事に打ち込んでいる時はまだいいが、一人になると様々な考えがぐるぐると 回りだし、止まらなくなる。
雪の中、むやみに走り回りたくなるほど。

どうして?

どうしてドクターはあのスープを飲んだのだろう。
「お前の優しさが嬉しかったから・・・」とドクトリーヌがあの時言ったけど、スー プを飲ませてあげられた幸福など一瞬の間で、その後に一気にたたき落とされた絶望 感は深く果てしない。
そして今でも気がつくと迷宮の中に入り込んでいる自分を知る。
後からならいくらでも自分がアミウダケについて知る機会があることに気づいていた だろうに。
それで自分がどう思うかなんてどうでもよかったのだろうか。と思い、ドクターはそ んな人じゃない。とブンブンと首を振る。
悪い考えに迷う自分がイヤになる。だからドクトリーヌに半人前だと言われるのだろ う。

そうして思考は又繰り返す。

飲めばどうなるか知っていながら、あの人はちらりともそれに対する恐怖も苦悩も見 せなかった。
むしろひどく嬉しそうにさえ見えた。いや、もしかしたら本当に嬉しかったのかもし れない。あの人は感情を殺す事が出来ない人だったから。
それなら尚更わからない。
何故自分にあそこまでしてくれたんだろう?只の優しさにしては、度があまりに過ぎ ている。
あの時ドクターがどれだけ桜の研究に打ち込んでいたか知っている。事実、実験は成 功していた。
延ばせられた命の全部の時間で、彼の夢はかなえられた筈だった。それだけの為に生 きていた筈だった。
だのに、それらを全て捨ててスープを飲んだのだ・・・。


何故?


何故そこまでしてくれたんだろう?

あの人にとって自分は何だったんだろう?

自分に本当は何を伝えたかったのだろう?

どうして誰も恨まず、全てを許し、自ら命を絶ったのか。


わからない。

わからないのは自分が化け物だからなのだろうか。
ちゃんとしたトナカイならこんな事で悩まず、人間なら正しく理解できるのだろうか。
そのどちらにも行けない自分は、真ん中でふらふらしながら同じ考えをぐるぐると廻 している。
考えはどんどん、狭い方に狭い方に走っていくようで歯止めが効かない。

優しいドクターはいつでも自分を許してくれた。
でも、そんな事より生きていて欲しかった。
1分でも1秒でも長く。
生きて彼の夢を叶えて欲しかった。

「出会わない方がよかったんだろうか?」


そんな考えにバッタリといきついた瞬間、後ろから後頭部を思いっきり殴られて雪の 中にめり込んだ。

「いったい、いつまでたそがれているんだい!!」

両手を組んで仁王立ちになっているドクトリーヌは、雪の中に顔面をつっこんでふご ふご言っているチョッパーにどやしつけた。

「早くしないと夕方になっちまうよ。さぁ、とっとと支度をおし!!病人は待っちゃ くれないんだからね!」
それだけ言い捨てるとズンズンとロープウェイに雪をギシギシと踏みしめながら戻っ ていった。





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