Full Moon.
roki様




村人に武器庫から大砲を出す準備をするよう伝えると、くれははその場を後にした。
戻る際チョッパーの部屋に行き、彼の愛用しているリュックを手に取る。
そして棚に整理してある助手の医療器具を、テーブルに並べた。
聴診器、手術道具のセット、注射器、注射針、その予備、消毒薬、薬草を作るための すり鉢等、次々とリュックに入れていく。
あとチョッパーがマメに書いていた、ボロボロになっているノートを数冊。
リュックの中は、そういう物が小分けに入れられるようにポケットやベルトが工夫し てつけられている。
それを持って今度は自分の部屋に戻り、棚の中を物色し始めた。
解熱剤と抗生物質は、念のため多めに用意する。
あの小娘は今は薬がよく効いているようだが、海に出てしまえばどうなるかは分から ない。
薬草は種類ごとに袋に入れて中の空気を抜く。普通に船に置いてありそうな物、普通 の町で手に入りやすい物はなるたけ押さえて、ここでしか取れない貴重な植物や頻繁 に使いそうな薬品を重点的に用意する。
あれもこれもと選んでいたら際限がなくなりそうだ。まぁ必要最低限の物でいいだろ う。

手際よくリュックに詰めていくと、ふとテーブルに目が止まった。
テーブルには医療関係の本やノートが立てられているが、その中には便せんもあった はずだ。


手紙を


「バカな」


ふっと笑うと、ずっしりと重くなったリュックを肩に担ぎ、部屋から出た。
冷え切った部屋に、ドアが閉まる音が、やたら大きく響きわたった。


***


ベッドで目が覚めたチョッパーは、まだ意識が混濁しているようで体を動かすことも 自分がどういう状態かも分からないようだった。
重たそうな息を吐きながら、やっとで首を動かし、ベッドのそばで椅子に座っている くれはを見ると、掠れきった声を出した。
「・・・・く・・と・・り・・ぬ・・・」
「目が覚めたかい」
くれはは椅子から身体を起こし、チョッパーの首筋に手をあて時計を見ながら脈をとっ た。通常より脈拍は上がっているが、先程より落ち着いたようだ。
チョッパーは、そんなくれはの顔をまだ焦点の定まらなそうな瞳でぼんやり見ていた が、くれはのサングラスの端から見える、右目のそばの痣に、はっとした。
「まだ、しゃべらなくていいよ。黙っといで」
「・・・ちが・・・かお・・・・けが・・・」
「これかい?」
その痣を軽くなでると、ヤレヤレといった感じで、くれはは溜息をついた。
「まったく、あたしとしたことが不覚を取ったものだよ。
 薬でラリった青ッ鼻トナカイに、一発食らうとはね」
チョッパーはやっとで首を動かし、くれはから彼女の背後へ視線を移した。
室内は暴風が吹き荒れたように滅茶苦茶になっている。
本棚は倒され、テーブルはひっくり返り、フラスコやビーカーなどの実験器具は散乱 しガラスが割れ足の踏み場もなさそうだった。
それで、やっと全てを思い出したように目を見開いた。
「・・・おれ・・・」
「後かたづけは、とりあえず体を起こせるようになってからにしてもらうよ。  実験に体を張るのもいいけど、その度に暴れて物を壊されるんじゃたまらないね」
「・・・ごめ・・・・な・・さ・・・」
「だから、しゃべるんじゃないって言ってるだろ!
 目だけで合図しな。イエスなら目をつぶる。いいね?」
チョッパーは急激に涙で潤み始めた目でくれはをじっと見ると、静かにつむった。
「吐き気はするかい?」
瞳は開けたまま動かない。
「手足のしびれは?」
ノー
「こうすると痛いかい?」
そう言うと布団をひっぺがし、チョッパーの腕と脚を思いっきりつねった。
イエス!イエス!イエス!
「ふん。感覚機能は大丈夫そうだね」
ニヤリと笑うと、軽くその腕を叩いて布団をかぶせた。
「今日1日は寝ておくんだね。  それまでにこの埋め合わせの覚悟を決めておくこった」
立ち上がってドアから出ていこうとして、振り返り、聞いた。
「・・・自分が、情けない?」
「・・・・」

イエス

目をつぶった拍子に、トナカイの目から大粒の涙がボロリと流れ、こめかみをつたわ り枕を濡らした。
「・・・・泣く意地があるなら、次に活かすこった」
そう言うとドアを閉めた。

***

広々とした城の階段をゆっくりと下っていく。
扉の上に鳥が巣を作ったからと言うので開けっぱなしの大扉からは、絶え間なく風雪 が入り込んでいる。
それがくれはの髪を吹き上げていく。

悪魔の実を食べた事による身体の変化について、チョッパーは空いた時間と自分の体 を使って根気よく調べていた。
そのうち身体が変形するときの脳波の変化に気づいたのだ。
この実験に関してくれはは止めろとも言わないかわり、手伝いもしなかった。
チョッパーは自分で悩み、文献を調べ、失敗し、落ち込んでは立ち直って取り組んだ。

***

ある夜。またチョッパーの部屋からドアをぶち壊すような音が響いた。
「やれやれ。今度はなんだい」
自室で本を読んでいたくれはは、ガウンをひっかけチョッパーが実験に使っていた部 屋に行った所、見事にドアが吹っ飛んだ部屋から、何やらふわふわもこもこした物が あふれている。
「・・・・?」
不審に思いつつ近寄ってみると、たいして広くもない部屋一杯に毛玉が膨らんでいる。
そしてその中にはチョッパーの顔だけが、ちょこんと覗いていて、身動きがとれずに バタバタともがいていた。
「・・・・何してるんだい・・おまえ・・・」
「どくとりぃぬぅ」
情けなさそうな顔をしたチョッパーが、情けなさそうに彼女を見上げて、情けなさそ うに毛玉の中で言った。
「たすけてぇ」

***

「ブッ」

その時のチョッパーの顔を思い出して、くれはは吹き出した。
まったく、あの顔ときたら。
その時も死ぬほど大笑いしてしまい、チョッパーは盛大にむくれたもんだ。
本人は確かに笑い事ではなかったろう。そのままにもしておけないのだが、つい笑い 転げているうちに効力が切れて、青っぱなトナカイは無事に元のサイズに戻った。
失敗かと思われたが、チョッパーは手応えを感じたらしい。
さらに実験をすすめ"ランブルボール"という独自の薬を作り出し、3分間だけなら合 計で7つの変形ができるまでになった。
これを自分で発見したことは、あの臆病なトナカイにとって大きな自信になったよう だった。
それまでの実験レポートまで持ち出して、興奮しながら説明するのを酒を飲みつつ聞 いた。
それもこれも全てはこの5年間も思い出として終わるのだ。
今日を境として。


裏口から出たところに仕舞っているそりに近づくと、くれはは持っていたリュックを そりの中に置いた。一度置いた後で、持ち直して再度丁寧にしまい込む。
そして軽くポンとリュックを叩いた。
すでに日は沈み、暗闇が辺りを包んでいる。
降り落ちてくる雪は止まることを知らないかのように、降り続いている。
青みがかった夜空を、くれはは見上げた。
今日は満月だ。
雲はなく、風は先程より少し穏やかになっている。
あまり弱すぎても桜の塵は広がらないので懸念したが、これぐらいなら大丈夫だろう。
上空にはっきりと桜を咲かせるだけの塵を飛ばすには、多少の火薬ぐらいでは足りな い。
それだけの発射物は大砲しかないと前々から考えていた。
そしてこの国で大砲はワポル城にしかない。だが武器庫の鍵がいくら探しても城内に はなかった。
「しかしひょんな事から見つかったもんさ」
チャリンと音を立ててポケットから武器庫の鍵を出す。
なぜあの小娘がこれをスッたかはわからないが、ちょうどよかった。
本当にタイミングよく何もかも揃った。

外は先程の騒動が嘘のように静かだ。
むしろ今では城内の方が人の気配でざわめいている。
城は久しぶりの人々の声を受けて、生き生きとしているようだった。


外の静寂をやぶって、遠くから声と足音が聞こえた。


「おーーーーーーい。トナカイ〜〜〜〜っ!!」


雪を踏みしめながら走ってきたのは、ワポルを倒したあの麦藁の小僧だった。


「おぅ!ばぁさん!トナカイ見なかったか?」
のんきそうな顔でくれはの所に走ってくると、ルフィは笑顔で聞いてきた。
「いったい何度言わすんだい!  あたしはまだたったの130代だと言ってるだろっ!」
そう思いっきり蹴り飛ばすと、雪の中にめり込んで、首がぬけねぇとわめいている。
ゴムの首を思いっきり引っ張り、スポンと勢いよく首を抜くと「ばあさん強いなぁ」 と妙に感心したように笑った。
あきれて怒る気にもなれない。
「まだ、うちのトナカイを探してるのかい?」
「あぁ!そうだ!トナカイ何処に隠れてるんだろう?  ばあさん、知らないか?」
「さぁね。知らないよ」
「ふぅん、そうか。じゃ、見かけたら教えてくれよなっ!」
「お待ち」
すぐさま立ち去ろうとするルフィを、くれはは呼び止めた。
「なんだ?」
「お前なんで、うちのトナカイを連れていきたいんだい?」
「ん?」
「まさか本当に食料にでもするつもりかい?」
口調はからかっているようだが、くれはの目はたいそう真摯な色をしていた。
真っ直ぐにルフィを見つめ、聞いている。

何故?

ルフィは降り続く雪の中で、くれはを見上げて不思議そうに首を傾げた。
「なんでって、そりゃ俺がそうしたいからだ」
それ以上の理由があるのか?というような、あっけらかんとした表情だ。
「・・・たいそうな理由じゃないか」
苦笑いを浮かべて、くれはは腕を組んだ。
「あいつの都合は関係ないって訳かい?」
「何か都合があるのか?」
「・・さぁね」
「じゃあ、いいじゃねぇか」
「・・・トナカイを海に出してどうするってんだい」
「ん?」
「おまえはあいつを連れていきたいと言う。そう思うのはいいさ。  だが、おまえの気が変わらないっていう保証はあるのかい?  やっぱりこんな奴連れて来るんじゃなかったって思うかもしれないだろう?  連れていく責任は取れるのかい?ルフィとやら」
「俺の気が変わる事なんかないさ」
「この世に絶対はないんだよ」
「あるよ」
「なんだって?」
「あるさ。俺の気は変わらない。  俺はあいつと海賊をやりたいんだ。  だってあいつ面白いじゃねぇか。イイ奴だしな」
そうして何かを思いだしたように、嬉しそうに笑った。
「俺はあいつが好きなんだよ。  一緒に行けば絶対楽しいよ。だから連れていきたいんだ」

"俺が嬉しいんだ"

同情ではなく、打算でもない。
ただ自分が嬉しいから一緒にいたい。
あまりに単純な欲を、ルフィは笑って示した。

ルフィの笑顔は雪が反射して光っているようだったが、それでもくれはは聞いてきた。
「じゃあ、あいつが一緒に行ったとする。  途中で帰りたいと言ったら?つまらないから帰りたいと言い出したら?  見ての通りあいつは普通はバケモノ扱いだからね。  お前らが放り出したら、そこでのたれ死にか、見せ物扱いだろうね」
どうだい?と窺うくれはに、ルフィはいよいよ不思議そうに聞き返した。
「ばあさん、さっきから何でそんな事聞くんだ?  生きていくのが楽しいか、つまらないかなんて、  海に出ようがココに残ろうが同じだろう?」
「同じ?」
「あぁ。何処に行ったって楽しむかどうかなんて、そいつ次第だろ?  トナカイだって俺達といることを楽しめばいいんだよ。  そうしたら『つまらない』なんて言わねぇよ。言わさねぇし」
「・・・・・・」
「俺わかるよ。あいつは海賊をやりたいんだよ」
「・・なに?」
すっとくれはの目が細くなった。
「聞いたのかい?」
「聞かなくたってわかるよ。  だって、あいつは海賊の旗を大切にしてるじゃないか。  俺とおんなじだ。ばあさん、邪魔したいのか?」
ルフィは口調は変わらなかったが、急に気配だけが変わったように感じた。
雪の上に無造作に突っ立っているのに、体の中でいつでも戦えるよう準備をしている ように見える。しかも無意識に。
「・・・・なんのつもりだい・・・?」
「もしばあさんが、トナカイの邪魔をしているんなら俺が相手になる」
「-----バカだねっ!!」
語気も荒下手、くれはは怒鳴った。
「青っ鼻トナカイが何処でのたれ死のうが、あたしの知った事じゃないよっ!  これまで世話を見てやった恩を返さずに出ていこうって言うのが頭にくるだけさっ!  邪魔をする?ふざけるんじゃないよっ!  だいたい、なんであたしがあいつの邪魔をするんだいっ!」
「好きだからだろ?」


くれはは射殺すような目をルフィに向け、ルフィは静かにそれを受けた。


雪だけが静かに音を立てていた。


「どんなに好きでも、誰かが生きようとする邪魔をしちゃいけないよな」


「・・・・・・」


「だから、トナカイが海に出たいというのを、ばあさんが止めるなら 俺が相手になるよ」

  「何故だい?」

  「あいつは俺の仲間だからな」

  「・・・仲間にしたいから、あたしを倒してでも  連れていきたいってことかい?」

「違うよ。それもあるけど、それだけじゃないよ。
 だって嫌だろ?」

「何をだい?」

「自分がいきたい所に我慢していかないのって、
 身体に悪そうじゃないか。
 そんな努力しない方がいいよ。
 トナカイが海に出たいなら、そうさせてやれよ」



ルフィは変わらず静かだった。
怒りも困惑も失望もなかった。


「・・・あいつの為にかい?」

「あぁ」


一瞬



くれはの目に
怒りとも
哀しみとも
感嘆ともとれる色がよぎり

そしてすぐに消えた。


ルフィは黙って彼女の眼を受け止めていた。


雪は変わらず静かに降り落ちている。
何もなかったかのように。

「・・・海賊船の船長と聞いた時にゃ、何処のガキが言ってるのかと思ったが・・」
くれはが先に眼をそらし、あきらめたようにふっと笑った。
「おまえぐらい海賊らしい奴は、なかなかお目にかからないね」


その人の最も大切な物を、奪っていく。
海賊


「あぁ、ばあさん。そりゃそうだ」

ルフィも一気に破顔して、胸を張って宣言する。


「俺は海賊王になる男だから」


そう言ったルフィの雰囲気は、遠い昔の誰かを思い出させたが、それを口に出すには、 その男があまりに偉大で馬鹿者だったので口に出すのははばかられた。


「そうかい」

「ああ」


雪はただ静かに降り続いている。


「トナカイなら何処かそこら辺に隠れてるよ。別に邪魔する気はさらさらないよ。連れていけるんなら勝手にそうしな」
「あぁ、そうする」
そしてルフィは背を向けて行こうとしたが、また立ち止まってくれはを振り返った。 「ばあさん。本当に俺と行かないか?楽しいぜ?」
「何度も言わすんじゃない。あたしは海に用なんかないよ」
キッパリとくれはは言った。
「どんな生き物でも、そいつの生き場所ってのがあるんだ。  その意味は、お前にはわかるだろう?」
ルフィは真面目にうなずいた。
「あぁ、わかるよ」
「なら聞くんじゃない・・・。海はあたしの居場所じゃないよ。
 ましてや両手で余るような船員しかいない海賊船になんかね。
 医者の仕事をほされちまうじゃないか」


・・そう。それなら、あのトナカイに打ってつけだ。
あいつならその場所にちょうど収まるだろう。
おののきながら海に出て、初めての仲間達と共に初めて見る外の世界に胸を焦がす。
その顔が想像できるようだった。
それを自分が見ることはないだろうが。


「なんだ?」
「・・・何でもないよ。行きな」
「わかった」
ルフィは少し惜しそうな顔をしていたが、納得したようだった。
「残念だな・・ばあさん。
 俺、ばあさんの事、気に入ってたよ」
「そりゃ、ありがとよ」
苦笑いをするくれはにルフィは笑って、そして今度こそ背を向けて走り出していった。
彼女のトナカイの名を呼びながら。


その背を見送りながら確信する。
海に出るか出まいかギリギリのラインでチョッパーが悩んだとしても、あの男が自分 の元に引きずり込むだろう。
チョッパーが死ぬほど渇望している物を、あの男が与えるがゆえに。


「まったく今日はなんて日だろうねぇ・・」
本当に今日のこの日は、何もかもが恐ろしいほどタイミングよく揃った1日だった。
あの麦藁の海賊達が上陸し、戻ってきたワポルを倒した。
桜の塵を飛ばすために武器庫の大砲が入りようだったが、それも手に入った。
チョッパーが旅立つその日に。
空に雲はなく、雪は吹雪ではなく、風は程良く吹いている。
この夜空に桜を咲かせるにも、彼女の弟子が旅立つにも、完璧な1日だった。
ただの偶然か、それとも。



「・・・おまえの仕業かい。ヒルルク・・・」


(どうだい、くれはぁ。俺の息子はッ!)


霊魂の存在をくれはは信じない。死ねば人はそれまでだ。
だが医学では証明しきれない事も、ほんの僅かだがこの世にあることも、長い経験と して知っている。
あのヤブ医者が死んだ場所は、ちょうどこの場所だった。
魂だけはそこらに残って、息子の旅立ちを小躍りしながら喜んでいるかもしれない。
男親は女とは違うだろうから。


雪は静かに降り続いている。
くれはは降り続く雪の、その先の天を見上げた。
漆黒の空には月が完璧な円を描き、閉じている。
それは完結を表していた。
医者とその弟子の5年間の物語りも又、今日で完結する。
共に過ごした歳月は終わり、そして明日からそれぞれの人生を歩むのだ。
いつかまた出会う日があっても、それは交錯で終わり二度と寄り添うことはない。
どんな出会いも始まる時は先が見えない。
全てが終わるとき、振り返って思う。
悪くない5年間だったと。


そうしてくれはは、ゆっくりと振り返り、城へと戻っていった。
きびすを返すとき、あの広場にヒルルクが立っていて彼女に言葉をかけたような気が した。
(くれはよぉ)

笑うヒルルクはこう言った。


(ハッピーか?)


振り返らずに心の中で答えた。

「ああ」


ハッピーだ


出会いがもたらす喜びも悲しみも全て。



END






いつもお世話になりっぱなしの、 CARRY ON のrokiさんから、 卒業&就職祝いに、といただきました。
凄いものを、いただいてしまいました。
チョッパーの門出。
要ハンカチ。
rokiさん本当にありがとう!!




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