First Night.
roki様




宴はいつになっても終わりそうになかった。


「チョッパー。ここが私とビビの部屋よ」
倉庫から女部屋に降りる扉を開け、ナミは新しく舟に迎えた仲間を促した。
しばし人気の途絶えていた室内は、ひんやりして気のせいか甲板より寒い気がする。
ランプを片手に先に降りたナミは、鞄をかついで物珍しげにキョロキョロしながら降 りてくるチョッパーに思わず笑ってしまった。
「なぁに、そんな珍しい?」
「うん。以外と広いんだな。俺、舟の中ってもっと狭いと思っていたよ」
部屋の中はこざっぱりと片づいていて居心地がいい感じがしたし、それにとてもいい 匂いがした。
でも、それを口に出すのは少し恥ずかしい気がした。
いい匂いの一つは目の前の彼女の匂いだったからだ。

「気分は悪くないか?一応熱をもう一度はかっておこう」
「もう平気なのに」
笑いながらベッドに腰掛けるナミに、「ダメだ」と鼻に小皺をよせて真面目な顔をし た。
「きちんと安静にしておかないとかえって長く寝込む事になるぞ!お前ホントの所、 今日は暴れすぎだ」
「はいはい」
「はいはいじゃないぞ!真面目に聞けよ」
鞄の中をごそごそしながらチョッパーは怒っていたが、すぐ目当ての物を見つけた。
「あった!やっぱりドクトリーヌだな!」
「なに?」
「解熱剤と抗生剤。これで菌を抑えるんだ」
「ケスチアの?」
「うん。抗生剤は注射でうつとして、解熱剤は・・・水はあるか?粉末だから少し苦 いけど、これぐらい我慢しなきゃな」
「ミネラルウォーターがカウンターにあるわ・・・。あぁ私とる」
ナミはコートを脱ぐとベッドのそばのテーブルに掛けて、カウンターに向かった。
テーブルに掛けられる前、ふと鼻先をかすったコートから、ドクトリーヌの匂いがし たので、チョッパーははっとした。
自分に背を向けているナミを伺って、コートを手に取った。

ナミの為の薬はあらかじめ鞄に入っていた。
そしてそれで更に思い知らされる。
ドクトリーヌは、とうに自分を許していた。
自分の新しい出発を快く送り出してくれていた事を。

(ありがとうドクトリーヌ)

コートに残った香は、航海が進めばやがて薄れていくだろう。
チョッパーは鼻先をそっとコートに埋めた。

「・・・どうしたの?」
なんとなくチョッパーが泣いているように見えて、コップを持って戻ってきたナミは 彼の気持ちを推し量るように訪ねた。
「べ、別に。何でもないよ」
慌てたようにいうと、顔をすぐ向けるのが嫌でごまかすように言った。
「お前も酷いよな。ドクトリーヌの一番気に入っていたコートを持って来るんだから」
「・・・あら、そうなの?それが一番生地が良かったのよねー!」
ふふふと悪戯っぽく笑うナミに、思わずチョッパーは顔をあげた。
目の前のナミはまるで何もかもわかっているようで、それでいて何も気付いていない フリをしているようなそんな表情で、それは彼の師匠を思い出させた。
(こいつ、少しドクトリーヌに似てる)
「どうかした?」
「いや。先に抗生剤をうつから腕をだせな」

注射をうち、薬を飲ませると、チョッパーはナミをさっさとベッドに寝かせた。
「寒くないか?」
「うーん。少し寒いかな・・・」
「そうか。毛布かなんかないのか?」
「毛布は・・・」
一瞬視線を巡らしたが、ふと目の前のチョッパーに視線を合わせるとニカッと笑った。
「?なんだ?」
「毛布あるじゃない」
「何処に?」
「私の目の前」
ふふふと笑うと真っ直ぐ彼を指さした。

「俺かーーー!!??」
「そうよ」
ほとんど顎を落とさんばかりに驚いているチョッパーにナミは追い打ちをかけた。
「一緒に寝よ」
それこそ天使の様な笑顔で言い放った。

「ーーー何考えてるんだーー!俺は毛布じゃないぞっ!!」
「まぁ、いいじゃない」
「よくない!お前俺をバカにしてるだろ!」
「あんたねぇ」
ふっと目を細めると、挑発的な笑みを浮かべた。
「女の方が誘っているのに、後込みするわけ?」
「な、なななな何言ってるんだよ」
真っ赤になっているチョッパーに、今度は一気に破顔してケラケラと笑ってみせる。
「冗談よ」
「じょ、冗談とかじゃないぞ!」
「でも一緒に寝ようって言っているのは本当よ?あんたなら変なことしないって信じ てるから言っているんだけど?」
からかわれて怒るチョッパーに、また微妙に表情を変えて問いかける。
「・・・・・・」
「ね?」
そしてまたにこっと笑う。表情がくるくるとよく変わって、なんだか目眩がするよう だった。
「・・・お前、俺のこと面白がってないか?」
「面白がられて気分、悪くした?」
「・・・やっぱり面白がってるんだな」
「あはは、ごめん。でも嫌いな男をベッドに呼ばないわよ?」
「ば」
また一段と顔が真っ赤になった。
「バカやろー。そんな事言われて俺が喜ぶとでも・・・」
「嬉しそうだけど」
赤くなりながら顔がふにゃふにゃになってしまった所に、冷静につっこまれた。
(ど、どうしよう。どうしよう)
彼としては、かなり真剣に悩んでいた。
完全に子供扱いされている事を怒るべきなのか、信頼してくれている事を嬉しがるべ きなのか、よくわからない。
だいたいこんな風に誘われた事もないんだから。
困って視線をうろうろさせていると、ふとベッドのそばにある割合に立派な本棚に気 づいた。
「本だ!しかも結構揃ってるじゃないか」
瞬間、目の前の問題を忘れて、嬉しくなってトコトコと本棚に近づく。
「本を読むの好き?」
「うん、好きだよ。そういえば本を持ってこられなかったな・・・。これ今度借りて もいいか?」
「いいわよ。好きなの借りて」
本の種類は圧倒的に航海や海洋関係の本が多い。人の本棚を見るのは面白い。その人 が趣味趣向をある程度推し量れる。
ふんふんと楽しそうに本のチェックをし始めた。
本棚の隣には机があって、書きかけの海図が置かれていた。
「これは?地図か?」
「そうよまだ途中だけど」
「・・・お前が書いているのか?」
「そうよ。それが私の夢だもん」
その口調の微妙な変化に気づいて、チョッパーはナミを見た。
先程の小悪魔的な様子からいっぺんして、今はまた彼女は違う表情になっている。
それはとても静かだった。
でも瞳が大きく輝き、そこに力がギュッと濃縮されているような気がする。

「あいつらと一緒に世界中を廻って、いつか世界地図を作るの。それが私の夢よ」
「世界地図?」
「うん」
そうして照れたように笑った。でも子供のように嬉しそうで、とても誰かを思い起こ させた。


(世界地図か)

ある日ドクターが言っていた。

(いつか、それをあきらめなかった誰かがそれを作るんだろうなぁ・・・)


チョッパーは改めて目の前でベッドにあぐらをかいて座っている彼女を見た。
ランプの灯りでは部屋全部を明るく照らせる訳じゃないけど、それでも彼女の明るい 色の髪が黄金のように光るような気がした。

「おまえさぁ」

一瞬言葉に詰まった。なんだか懐かしい友人に会えた様な気分がしたから。

「何?」
「それ絶対いつか書けよ」
「・・・書くわよ?」
「絶対だぞ!俺見たいんだ」
「世界地図を?」
「うん。見たい。切れッ端じゃない世界が!」
「切れッ端!」
おかしそうにナミが笑った。
「そんなに見たい?」
「うん。それに、それを書き上げる奴が見たいんだ。あきらめない奴がどういう奴な のか。お前、あきらめるなよ?俺に出来る事があったら手伝うから」
「・・・なーに、言ってるの」
ナミは、両手を腰に当てると少しふんぞったように胸を張った。
「世界地図なんて代物を書くの、私以外に誰がいるのよ!?」
一瞬キョトンとしたチョッパーに、にやりと笑うと続けた。
「あきらめたりなんかしないわよ・・・。これだけはね。子供の頃から、それだけは 絶対に捨てきれなかったんだから・・・。いつかそこにたどり着くんだって意地で生 きてきたのよ。こう見えても」
そしてチョッパーに、おいでおいでと手を招いた。それで小首をかしげつつ歩み寄っ てきた彼の目を、のぞき込むようにして言った。
「世界地図を書き上げたら、真っ先にみんなに見せるわよ。もちろん、あんたにもね」
耳に馴染むような優しい声。
「なんせ私達仲間でしょ?」
チョッパーの大きな目にサッと光が射したように明るく光った。
それを見て取ると、もう一度ナミは優しそうな顔で微笑んだ。
「もう寝ましょう。ランプの灯を消してね」
「あぁ」
ランプを手にとってふと「あれ?じゃぁ一緒に寝るんだな」という事に気づいて一瞬 迷った。
でもなんだかもうどうでもいいような気がする。
昔ドクターの酒につき合って、気づいたら一緒に横になって眠っていた。
あれと同じだ。
うん。
なら、しょうがないから今夜は一緒に眠ってやろう。こいつが寒くないように・・・・


ランプを消すと部屋の中は真っ暗になったが、チョッパーは夜目が効いたので迷わず ベッドの中ナミの隣に潜り込んだ。
暗闇の中でふと目が合ったのが気配でわかって、何故か二人してにまっと笑った。
「なぁ、世界で一番偉大な医者の話を聞きたいか?」
「世界で一番偉大な医者?ドクトリーヌじゃなくて?」
「あぁ、あの人は世界で一番偉大なドクトリーヌだから」

あぁドクトリーヌ。これからあの大きな城に一人住むんだろうか、彼女は。

「俺が知っている中で真に偉大な医者はこの二人だ・・・。俺、聞かせたいんだ。あ の人も世界地図を見たがっていたから」
「聞きたいわ」
暗闇の中で、ナミがそっと言った。
「話して」
「うん、話してやる。今度な。でも今日はダメだ。お前はもう寝なきゃ」
「少しならいいじゃない」
「ダメだ。ドクターの話はどうせ一日じゃ終わりっこないんだから・・・。長い話に なるよ。どうせこれから世界中を廻るんだろ?」
そうよ。とナミが言った。チョッパーが笑う。
「じゃぁ、世界を回っている間に話しきれると思うよ」
「面白そうな人ね」
「うん。俺の・・・」
秘密の宝物を見せるように、そっと言葉をこぼした。

「親父なんだよ」

ナミにはわかった。
それを言うときチョッパーがどれだけ嬉しそうに眼を輝かせたか。
こんな闇の中でさえ、はっきりとわかった。

「そうなの」
「うん」


甲板から、また笑い声が聞こえた。


「わかった。今日は寝るわ。大人しく」
「うん、そうしろ」
「いつか聞かせてね」
「聞かせるよ」
「じゃぁ、お休み・・・」
そして、ナミはふいに身体を起こすとチョッパーの鼻先に軽くキスをした。
それが、まったく不意打ちだったので、一瞬チョッパーは完全に硬直し、そして大慌 てに慌てだした。
あまり慌てたのでベッドから落っこちそうになっている。
「な、なななななな何するんだ!!!??」
「お休みのキスでしょ?」
「そ、そういう事を、お前、いきなり、そんな」
「あんたねぇ」
少しあきれたように笑ってみる。
「こんなの、挨拶みたいなものでしょ?家族とかでも普通にやるわよ」
「そ・・・そうか?」
「そうよ」
「・・・家族?」
「船の仲間なんて、家族みたいな物よ。ずっと一緒に航海するんだしね。でも私だっ てみんなに、こんな事するわけじゃないわよ」
「・・・!じゃぁ、なんでだ?」
「なんかね」
さすがに少し照れたようだった。
「今はちょっとそうしたかったのよ。じゃ、お休みなさい」
そして今度こそナミは目をつむった。
薬が効いているのか、すぐ安らかな寝息を立て始めた。



チョッパーは、まだ少し呆然としていた。
彼にとって根深いコンプレックスになっている『青い鼻』に、誰かがキスしたのは正 真正銘生まれて初めてだった。

鼻の先をそっと触ってみる。
何かふわふわとした、不思議な気分だった。
雪が降り積もった寒い晩に渡されたココアの温かさと甘さに似た感覚。
飲んだ端からそれは細胞に染みわたっていくようで、それで自分がどれだけ冷え切っ ていたかを知る。
何故か、少し泣きたいような気分になった。
だんだん闇になれてきた眼で、ナミの顔をのぞき込む。彼女は「心配な事はなにもな い」というような、安心しきった表情で眠っていた。

それでは、こいつは本当に俺の事を怖くないんだ。

笑い声はまだ聞こえてきた。
その声に、そっと耳をすます。
自分はその輪にいないのに、何故か孤独を感じなかった。

(ドクター。ドクトリーヌ)

そっと、心の中でつぶやいた。

(俺、もうさみしくないよ)

チョッパーはナミの肩にちゃんと布団をかけ直すと、自分の角が彼女にぶつからない ように注意深くベッドに入り直した。
今日一日の事をあれこれ思い出すと、なかなか眠れそうになかったが隣に眠るナミの 小さな寝息を聞いているうちに、だんだん瞼が重くなっていった。


その夜、久々にヒルルクの夢を見た。
彼は肘でチョッパーを軽くこづくと、笑いながら言った。
「おぅ、べっぴんだな。やるじゃないか」


「・・・えへへへへ。何言ってるんだよ、ドクター。えへへへへ」
すぴすぴと鼻を鳴らしながら、嬉しそうに寝言をつぶやいた。


初めての船の最初の夜は、こうしてだんだんと深けていった。


END




【 My Son. 】の続きです。チョッパーが!かわいいの!ナミさんがおねえさんで!
roki様ありがとうございます〜。至福〜。
チョッパー〜vvvとか思った方、掲示板に感想などお書きくださいましたら、幸いです。





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