Life's Like a Lovesong
なお様




意地悪かなって思ったけど。


わがまますぎるかな、とも思ったけど。


一つ宿題を出した。
毎日が楽しくて、夢みたいで、それもいつか失くしてしまうかもしれないと怖くなったから。
確かめたくて、宿題を出した。


「ナミさぁ〜ん、最近欲しいモノって何かありますか?」
午後のティータイムの穏やかな時間、サンジがいつもの調子でそう言った。探りを入れてる つもりなのだろう、今ので周りの何人かはピンときたみたいだけど。
これは好都合。例の宿題を出す絶好のタイミング。

「あるわよ」
「えっ?そ、それは?」
一瞬サンジの目の色が変わる。本当にわかりやすい。
「コレ」
それまで聞き耳を立てていた仲間達が一斉に私を見た。そして意味がわからないという顔を した。

両手で作ったハートの形。
にっこり笑って「コレが欲しい」とそれだけ言った。

「ハ、ハート?」
「うんそう」
「じゃあ俺の愛を……」
「殺すわよ」
言って更に笑うとサンジの体が小さく震えた。
ハートってなんだ?とウソップに聞くルフィ。
だからコレだよ、と手で形を作るウソップ。
小首を傾げて難しい顔をするチョッパー。
紅茶をかき混ぜながら何か呟くビビ。
カルーに凭れて眠る、ゾロ。


だってもうすぐ誕生日。
思い切りわがままが言える日。
何が出るだろうと少しわくわくした。


「ナミさん、いいかしら?」
机に向かって海図を描く私にビビが小さな声で問いかけた。
なあに?と振り向くと、目の前にリボンのついた包み。
「こんなのしか思いつかなくて…」
もじもじする姿が愛らしい。
なんだろうと開けてみれば、なんと。
「ぷーっ!!」
「あっ、酷いわナミさん!笑うなんてっ」
真っ赤になって包みを取り返そうとするビビが可愛い。本当に可愛い。
「だって…びっくりして……でもありがとう。嬉しい」
笑いを抑えながら中身を広げた。
ハート柄のブラジャーとパンティ。少し子供っぽいようにも思えたけれど、ビビの心遣いが 嬉しかった。
女の子同士でしか叶わない、こんなプレゼント。
「サイズもぴったりね。勝負下着にするわ」
そう言って、自分がこの下着をつける姿を想像してまた吹き出しかけた。
「喜んでもらえて良かったわ。でもきっとナミさんの言う『ハート』って違う意味なんでし ょう?」
探るようなビビの眼に、私はただ「うふふ」と笑ってみせた。


誕生日まであと2日。
私を見てはそそくさと逃げる顔、何か聞きたそうな顔、相変わらずな顔。
この人達がどんな答えを出すのかが待ち遠しくてドキドキした。
答えを出してもらえなかったら、とどこかで不安になってもいるのだけれど。
特にあの男には。

「おいっ」
小さな声が私を呼んだ。
あんまり天気が良くて、甲板で読書しながらうとうとしていたところだったのに。
振り向けばチョッパーが手摺の影から顔を半分覗かせていた。
「あらどうしたの?一緒にお昼寝する?」
「ばばばばっかやろー!するかっつーのするかっつーの!」
顔を真っ赤にして慌てふためくところなんか普通の男の子と一緒。
「コレ」
顔を背けて腕だけをこちらに伸ばす。その先に。
「わぁ可愛い!どうしたの、チョッパーが作ってくれたの?」
「お、おう」
しきりに足が床を蹴っているのは照れ隠しなのだろう。
クレヨンで様々に塗られた、ハート形の画用紙がたくさん繋がったレイ。
「オ、オ、オレあんましそういうの上手くねーし……」
きっとウソップに分けてもらったのだろう。小さな蹄で一生懸命塗っている姿を思って、と ても愛おしくなった。
「ううん、嬉しいわ。ありがとうチョッパー」
心の底から。
そしてレイとチョッパーにキスをしたら、「何すんだ」とひたすら真っ赤になって逃げて行 った。


皆には皆のやるべき事がちゃんとあって、私のために時間を割いているヒマなどないことぐ らいちゃんとわかってる。わがままだということも、一人よがりということも。
それでも、罪悪感を感じてでも確かめたいほど不安になることだってあるのだ。
信用してないとかそういうんじゃなく。無性に。

誕生日を独りで過ごしたことのほうが多かった。
家族で祝った記憶はほんの少しだけ。
だからまたあの独りの日々がやって来るんじゃないかって、怖くなる。目が醒めたら独りき りなんじゃないかって。
馬鹿げているけれど。情けないけれど。


いよいよ明日は誕生日。
ここ数日聞こえていた金属音が聞こえなくなったと思ったら、ウソップが嬉々としてやって 来た。
「見ろナミ!オレ様の自信作最新版だ!」
それは少し錆びたアルミで作ったハートのオブジェ。金槌で叩いた跡がいい味の模様になっ ている。錆びた感じがまた素敵だ。
「ウソップさんすごいわ!ねぇナミさん?」
「本当ね。壁掛けに丁度良いかも」
「だろ?オレの傑作アートだからな!」
ウソップは誇らし気に胸を張った。よく見ると小さく「19」の刻印。
「てめェはこういう芸があっていいよな。海賊辞めても食っていけるぜ」
サンジがボウルに作ったドレッシングを味見しながら言う。
そういうサンジも充分食べていけると思うけど。
「アンタにもお礼しないとね。でもカヤさんに悪いから」
人差し指にキスをして、それをウソップの頬につけた。
「あ!クソ、なんて羨ましいっ」
俺だって明日は!なんてことを叫ぶサンジに苦笑い。
一番気になるアイツはやっぱり何処かへ消えていた。


「なぁナミ、みかん取っていいか?」
突然キッチンのドアが勢い良く開いて、何故か喜色満面なルフィが飛び込んできた。
「みかん?アンタいつも勝手に取ってるじゃないの」
「そういうんじゃねぇんだ今日は」
「?いいけど…ちゃんと赤いやつにしてよ?」
いつもまだ青いのまで取ってしまうんだから。
ルフィはわかった!と元気よく出て行って、すぐに戻ってきて言った。
「俺が呼ぶまで絶対出て来んなよ!」
そして再び閉まるドア。
「なんつーか…アイツはわかりやすくていいな」
何か企んでいることがそこにいた全員にバレた。
私はただみかんが無事であるように願った。


それから暫く談笑していたら、サンジが食器を洗いながら窓の外を覗いて「へぇ」と言った。
「なあに?」
「あ〜いや、ナミさんはまだ見ちゃダメ」
食器を洗う手を止めて、じっと窓の外を見つめる。
耳を澄ませるとルフィの足音がドタドタと聞こえていた。
「なによ、気になるじゃない」
「なるほどねぇ、そう来たか」
感心したように笑って、私の言葉には答えない。
ビビもウソップも気にするようにソワソワし始めた。
「お、出来たらしい」
サンジがタバコを揉み消す。外から大きな声が私を呼んだ。
駆け出して逸早く目にしたいほど気になっていたけれど、慌てる姿はあまりスマートじゃない。
「なんなのよ一体」
キッチンのドアを開ければ目の前に広がる海。
目を落とせば一生懸命に手を振るルフィ。
「ナミー!約束のハート!!」
甲板にみかんを並べて描かれた大きなハート。オレンジ色のハート。
「いいだろー、これ!」得意気なルフィが言葉を失くす私に言った。
私はびっくりしたと同時に密かに感動していたのだ。

だってルフィが。
どんなものをくれるのか少しも予想できなかったから。
「最高!」
人差し指と親指で丸を作って見せると、ルフィはやったーと飛び跳ねた。


時計が午前0時を過ぎたとき、隣のハンモックでビビが囁いた。
「おめでとうナミさん」
これって同室の特権ね、と笑うので、私はこっそり泣いた。
嬉しくて。誰かに祝ってもらえることがすごく嬉しくて。
一生忘れないと思った。
きっと他の誰かが隣にいたとしても、やっぱり「おめでとう」って言ってくれた気がする。
なんて幸せなこと。
明日、皆にありがとうを言おう。
それから「ごめんね」って言おう。


私はここ何日かの温かな気持ちを抱えて一つ大人になった。


「ナミすわ〜ん!ハッピーバースデーイ!!」
お姫さま扱いだったその日の最後は、サンジのスペシャルディナーで締めくくり。
ハート型のチョコレートケーキにハート型のクラッカー、チーズも御丁寧にハート。サラダ の野菜、お肉の焦げ目、スープのクルトンまで!
全てがハートなその料理に全員が口を開けてしまったけれど、サンジにも平等にお礼のキス。
但し額に小さく。
豪華ディナーは少しも経たないうちに消えて、それでも笑い声は深夜まで続いた。

「俺も付き合う」
皆が潰れてしまった後に甲板で一人、こっそりワインを開けていたらゾロが自分のグラスを 持ち出してきた。
「やだ、アンタいたの」
これは冗談ではなく。本当に忘れていたのだ。
一番気になっていたはずなのに。
その言葉に怒る様子もなく、ゾロはグラスをカチンと合わせてワインを一口飲んだ。
「ん〜…」
「なによ?」
「いや、別に」
何だか様子が変だ。まあ変なのはいつものことだけれど。
「そういえばアンタにまだもらってなかったわ」
「何を」
片眉を上げたゾロに、にっこり笑いながら両手でハートを作ってみせた。
ゾロは「あぁ」と思い出したように言って、それから軽く笑った。
「俺がわざわざ用意すると思うか?」
それはそうだけど。何もそんな自信満々に言わなくても。
少しがっかりして、諦めて開き直って、怒ったふりでゾロの膝を蹴ってやった。

「あ〜〜……」
空を見上げて頭を掻いて。何を言うのかと思えば「ヒマじゃねぇか?」。
「私と飲むのが退屈だって言いたいわけ?失礼しちゃう」
「そうじゃねぇよ。ただ飲んでるだけってのも健康的じゃねぇな〜と…」
「じゃあ何がしたいのよアンタは」
私の言葉に待ってましたという顔をして、徐にポケットからトランプを出した。
「医者トナカイが強くてよ。なかなか勝てねぇんだコレが」
なんだ。私を相手に腕を磨きたいだけじゃないの。
またがっかりしたけれど、ゾロに圧勝するのも悪くないと思い直した。
「いいじゃない、受けて立つわ」

配られる5枚のカード。
悪いけどポーカーで負けたことないのよ。
「もしかして時々夜中に大騒ぎしてるのはポーカーしてるからなの?」
安眠中に突然オォォという叫び声が聞こえて吃驚することが最近多い。
「最初は俺とトナカイが始めたんだけどな、アホコックが入ってきてウソップが入ってきて ルフィはまぁ…一緒に騒いでるだけだな」
言って手元のカードを難しい顔で眺めながらワインを口に運んだ。
私の手元には既にワンペア。負ける気がしなかった。
「ねぇ、何か賭けない?」
「あァ?金ならねぇぞ」
「わかってるわよ。何か…例えば『一日召し使い権』とか」
「そんなもんアホコックが喜んでやるだろ」
「じゃあ何よ」
「秘蔵の酒ってのは?」
「それいいわ!決まりね」
サンジには内緒でこっそり隠してるのがゾロにもあるらしい。『ゾロにも』? 当然私にだ って。
カードは2度替えただけでフルハウス。
得意気に開けたらすごく悔しがってもう一回戦。
今度はゾロがストレート。私はスリーカード。
私も段々熱が入って、時間が経つのも忘れていた。

「よっしゃフォーカード」
「えぇ〜もうーっ」
何度目なのだろうか、いい加減座っているのも辛くなって、私は床に転がった。もう何勝何 敗なのかもわからなくなっていた。
「まだ、もう一回だ」
「またやるの!?」
そろそろ空も薄明るくなってきた。このままじゃ朝になるまで終わらなそう。
……それも、いいかな。

おかしいのはゾロ。何度勝っても「もう一回」の繰り返し。まるで何かを待っているみたい に。
「お前はあれだな」
相変わらず手元のカードに目を落としたままゾロが言った。
「え?」
「幸せだな」
思いもかけない台詞だった。
どういう意味、なんて問い返すまでもなかった。
だって私は幸せだもの。
「そういうふうに見える?」
「見えるな」
泥棒だった頃よりはるかに。

だってね、仲間達に囲まれて笑って怒って毎日が楽しくて。
8年分を取り戻すなんてきっとあっという間で。
好きな人がいて、一緒に笑えて。
家族がいて帰るところがあって。
夢を追っていられるなんて最高。


だから少し不安になってわがままを言ってみたりもするけれど、それに応えてくれる皆がい るから、やっぱり私は幸せなんだ。


その時、ゾロが溜息をついて背筋を伸ばした。
「やっと来た」
ニッと笑って私の前にカードを開けた。
「あ……」
何度も何度も勝負した理由。

ハートのフラッシュ。
ずっとこれを待ってたの?


「俺だけ何もやらなかった、じゃ後で何言われるかわからねぇからな」
明らかにホッとした顔して何言ってるの。
思いがけないプレゼント。
ハートが5枚ならんだカードに吃驚して、嬉しくて、持っていたカードを投げて大きな声で 笑った。
私のフォーカードは天高く舞って、幻になった。
だってこんな素敵な手に勝てるわけないわ。


お礼のキスはとびきり甘く、そして優しく。
夜が明けても終わらなかった。



ベルメールさん。
時々寂しくなってあなたを思い出すけれど、今は皆がいるから辛くはないの。
独りだった頃のように泣いたりもしないのよ。
あなたが一緒に笑っている気がして、とても暖かい気持ちでいられるの。

いつも見守っててくれてありがとう。
ありがとう、お母さん。






「LOVECALLS from the DIGITAL COWGIRL」のなお様から戴いた小説。
ハートのカードのアイディアは、なかなか出てくるものじゃないと思います。
「お前はあれだな。幸せだな」の台詞がじんと来ます。
ありがとうございましたv


2003補足・その後、なお様は御都合によりサイトを閉じられました。
暖かい、普通さが心地よい作品は今になって思えば、本当に宝になってしまいました。
なお様の良い日々を願いつつ、改めて感謝します。




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