HAPPY DANCE
なお様




いつだったか
前から欲しかったサウスブルー産の香辛料が偶然手に入った。
いつものように立ち寄った小さな港町で。
店先で見つけた時は自分の目を疑ったぐらいの驚きだった。
迷わずそれを手に入れて船に戻った。切らしていたマッチをうっかり買い忘れたりして。

それはもう飛び上がるほどの喜び。
嬉々として長ッパナに話したら不思議そうに「へぇ」とだけ言った。
わからねぇやつだな、これは中々手に入らなくて……そう言ったところでこの喜びが他のヤ ツらにわかるはずもない。
そんなこと知っていた。知っていたけれどその時の俺はとにかく舞い上がっていた。

甲板に上がるなり、カルガモの羽を撫でていた彼女の手を取った。
「ど、どうしたのサンジさん?」
喜色満面で彼女を振り回すように踊る俺に、戸惑いながら苦笑していた彼女の顔を忘れない。


初めて彼女に触れたその日を、俺は一生忘れない。


「もっとこう背筋を伸ばすの。そうすると腕が平行になるでしょう?」
「男性は女性よりも一拍早くね。リードしなきゃ」
「手は添える感じに……」
「サンジさん上手!」

それから時々、狭いキッチンが二人のダンスホールになった。
流石に良い育ちの彼女は子供の頃からダンスを習っていたと言う。来賓を相手に上手に踊っ てみせる愛くるしいお姫様は、きっと誰からも愛されたのだろう。
その姿を知らない自分が少し悔しかった。

俺はと言えば特にダンスに興味があったわけでもなく。
ただ彼女に触れられる、それだけだった。
そんなことを言ったらきっと彼女は怒るだろうけれど。

俺の覚束ない足元を笑いながら、何度でも教えてくれる彼女が好きだった。
ほんの少し屈めば届きそうな唇にドキドキした。
細い腰に回す手が震えた。
ターンをした瞬間に香る髪に目眩がした。

目が合うと頬を染めて笑うのは、俺の自惚れじゃないだろう。

それでも言ってはいけなかった。
聞いてはいけなかった。
それをお互いにわかっているから、何も言葉が出なかった。
彼女の口ずさむ音楽が終る頃、俺の手を離れて見えないスカートを少し上げ、恭しく御辞儀 をする彼女は決まって寂し気に笑っていた。
右手を胸に当てて礼をする俺も、そんな顔をしていたのかもしれない。

こんな想いは初めてだった。


もう何度も踊ったから足も縺れなくなった。
彼女の足を踏むこともなくなった。
いつも彼女が口ずさむ曲も、いつしか覚えてしまった。
そんな頃。

夕食の席でナミさんが言った。

「明日のお昼前には上陸するから準備しといてね」

それは仲間達全員に言ったようで
俺に向けられたようで。
心の準備をしろと、そう言われた気がした。

明日から闘いの日々が始まる。砂漠を歩くのだという。
彼女を守ると皆で決めた日が、つい先日のように思えた。


食糧も底をついて下拵えする必要もないけれど、何故かキッチンから出る気になれなかった。
何本目かの煙草に火をつけたとき、知らずにあの歌を口ずさんでいることに気づいた。

ふぅ、とひとつ息を吐いて立ち上がる。
彼女のいないキッチン。
ひとりでホームポジションを作ってみた。
目を閉じて思い出す。彼女がそこにいるように。
背筋を伸ばして彼女の腰に手を当てて。
もう一方の手には彼女の小さな掌を。

小さなステップでキッチンをぐるぐる回る。
きっと彼女は手を叩いて褒めてくれるだろう。

明日からはもう踊ることもないけれど。

口ずさむ歌も終り、またひとつ息を吐いて誰にともなく礼をした。
そしたら。

俺の背後、キッチンの入り口から小さな拍手が聞こえて、俺は慌てて振り返った。
「すごい、ちゃんと踊れてる」
嬉しそうな声で彼女が顔を覗かせていた。
「先生がいいからサ」
「先生だなんて。パートナーでしょ?」
後ろ手にドアを閉めて、彼女がゆっくり俺の前に歩を進ませる。
そしていつものように御辞儀をすると俺の手を取った。

煮込む鍋の音もない。
うるさい船長とウソップの騒ぎ声もナミさんの怒鳴り声も、ゾロの素振りの音もしない。
今夜は波の音さえ静かだ。

気を遣ってくれてるんだな。
それは安易に想像できて、心の中で感謝した。


伏し目がちに踊る彼女の長い睫から目が離せなかった。
どんな顔で笑うのか、どんな風に怒るのか。そんなことまでわからなくなりそうだった。
繋いだ手が熱い。
消えそうな彼女の歌声がやけに染みた。

「ビビちゃんが……いなくなるのは寂しいな」
ちょっとだけ笑いながら呟いて、彼女の耳に届いていないことを祈ってみたりする。
彼女は伏せていた目を少し上げて、怒ったフリをして俺の足を優しく踏んだ。

わかってる、ごめん。
そんなことを言うのは卑怯だって充分わかってるのに。
もう踊れないことも。
離れていってしまうことも。
君が何も言ってほしくないってことも。

でも、じゃあどうしてそんなに泣きそうな顔をしているの?

「そんな顔しないで」
目を伏せたまま彼女がそう言った。

俺も?
彼女と同じ顔をしているのか。


「ごめん」
「あやまらないで」
「……ごめん」
「もう」
ふふっと小さく笑った瞬間、彼女の睫に光ったものを見逃さなかった。


歌はとっくに終っていた。
けれど手を離せずにいる。
まだ小さなステップで二人、キッチンを回る。

ずっとこのまま、と思うのは俺の身勝手か。
抱きしめてしまえば全てが俺のものになりそうな気がした。
そんなこと、本当はとっくに感じていたけれど。
一緒にいたいと言ったら彼女は困ったように笑うだろう。
そして冗談のように流される。
それでも良かった。彼女が笑ってくれるなら。


「全部終ったら、また踊れるかな」
彼女の耳元に囁きかけるように呟く。
くすぐったいのか、彼女は少し肩を竦めてくす、と笑う。
「きっとね」

本当はお互いに知っていた。
もう踊ることはないだろうと。

「サンジさん」
「え?」
「ありがとう」
「……なに?」
「決心がついたから」

それだけ言って、彼女が手を離した。
繋いでいた手から熱が引いていくのを感じた。

離したくなかった。
離さなければならなかった。


いつものように見えないスカートを軽く摘んで会釈をする彼女。
今度は本物のドレスを着て、誰かにエスコートされて、こんな狭いキッチンではない何処か で踊るのだろう。それを見られないのは残念だけれど、見ているのもきっと辛い。

顔を上げた彼女は泣き出しそうに、けれど穏やかに笑っていた。
いつもの寂し気な笑顔じゃなくて。
だから、良かった。


どちらからともなく1歩前に出て。
背伸びをする彼女と、少し屈む俺。
こんなに小さなキスも最初で最後なのだろう。
そしてこんなに切ないキスは最初で最後ならいいと思う。


キッチンを出ていく彼女を見送った後、何が残るだろうと考えた。
愛していると囁いたわけじゃない。
抱きしめたわけじゃない。
恋人とは呼べない。

けれど幸せだった。
彼女の手の温もりは忘れない。だからこの手も忘れないでいてほしい。
そして二人で踊った夜のことを、時々は思い出してほしい。



彼女が口ずさんでいたあの曲が幸せな恋の歌だと知ったのは、それから随分後のことだった。



FIN.





なお様から戴いたサンビビですっvvv
切なサンジーっ!!
雰囲気が凄く素敵・・・・・・ほぅv・・・・・・。
サンジに感情移入して読んでたら、最後の一行にやられました。泣ける。
本誌は今、正に山場です(『Mr.プリンス』)
ビビちゃんが幸せに笑えたときに、サンジさんに華麗にエスコートしてほしいな。
そしたら賛美歌(そのまんまだわ)歌って祝福します。
なお様ありがとうございますーっvvvvv




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