Hand Shake
みつる様




 言葉にしない誓いというものをお互いにかかえている


 桜の宴で騒ぐだけ騒いだ仲間達を、酔いつぶれた順にハンモックに運んで毛布で覆ってや る。暖かい地方でならばデッキに転がしておくのだが、「いくらなんでも」というナミの言 葉に、相当な手間を強いられた。
 乾杯の乱闘からなし崩しに呑み対決となり、サンジの好みの赤ワインと、ゾロの嗜好であ るモルトウィスキーを交互に空けていった結果、ちゃんぽん呑みの悪酔いにダウンしたのは サンジだった。
「…クソ野郎……人間じゃねぇよてめェは……」
「わかったわかった」
「ナミさんと差し向い…なんて…させっかよ!」
 毒づくサンジをいなし、肩に担ぎ上げて柱を下りようとしたが、革靴の先で腹を蹴られて 頭に来た。逆さまに船室の入り口から中に放り込んで、そのまま跳ね上げの扉を閉める。ふ らふらで力のこもらない蹴りは、さほど効きはしなかったのだが。
(そういや怪我してたんだったか?)
 様子を見た方が良いだろうかとも思ったが、死にはしないだろうと放っておいた。
(医者もいるし)
「何を乱暴なことしてんのよ」
 呆れた口調に振り向くと、ビビを運んだナミが倉庫から出てきたところだった。
 医者のばあさんのタンスから一番上等なのを選んできた、と自慢していた黒いコートが、 魔女にはハマリだと思っていたが口には出さない。
「ねぇ、カル−を運んでよ。このコ箱入りだから外じゃ凍えちゃうわ」
 ナミが指差す先には、先ほどまでチョッパーを捕まえて愚痴を言っていたカル−が、気持 ち良さそうにいびきをかいている。
「酔ってくだ巻く鳥なんてコイツくらいだろうな…」
「仲間を心配して川に飛び込んでくれる鳥もこのコくらいよ」
 ただ漏らしただけの感想にちくりと嫌味で返されて、ゾロは渋面になる。
「…船に残ってたら、あのなんつったか悪食の海賊に喰われてたかもしれねぇぞ」
 自分でも苦しいと思う言い訳に、苦笑が浮かんだ。
「それとこれとは話がべ・つ!コーヒー入れるから運んだらおいでよ」
 案の定ナミには簡単にあしらわれたが、熱いコーヒーにつられて、体格の割には軽いカル ガモの身体を抱え上げた。
 ナミは鼻歌を歌いながらラウンジに消える。


 豆から挽いた良い香りがラウンジを満たしていた。
「お疲れ。今お湯沸くから」
「おう」
 デッキから拾ってきたウィスキーの瓶をテーブルに置いて、ゾロは棚からアルミのマグカ ップを2つ取り出す。何かつまむ物でもないかと冷蔵庫を開けて、レーズンバターを発見し た。どうやらサンジが、ワインに合わせようと自分用に買った物らしい。
(野郎、俺には特価品のつまみしか買わねぇくせに)
 食ってやる、とそれをナミに渡すと、嬉しそうにナイフを取り出した。
「あんたが責任取ってくれるんでしょ?」
「酔って自分で出したんだって言っとけ」
 ナミが調理台でレーズンバターを一切れずつ切り分ける横で、湯の沸いたヤカンをレンジ から下ろした。用意されていたフィルタ−に、縁から回して湯を注ぐ。上がってくる香りに 陶酔して、頬がゆるんだ。
「コーヒー好きだよね、あんたとウソップと」
「お前もだろ」
「お茶も好きだもん」
「俺だって緑茶は好きだ」
 久し振りに交わす、どうでもいい会話が心地良い。
 やはりナミはこうでなくては調子が出ない。しかしどつく時に本気で殴りやがるのには文 句を言った方が良いだろうか。ダメージではないが、痛くないわけでもない。
「あんた、そのコート似合わないね…」
 しみじみと言われたナミの言葉に、ゾロは思考を中断させられたうえに、思わず頷いた。
「似合わねぇし趣味でもねぇ。でもあったけェんだこれが。雪国の実用品はさすがっつーか」
 フィルターを通した湯がコーヒーとなってポットに溜まる。
 マグカップに3分の1程ウィスキーを注ぎ、お前はどうする?とナミを見ると、胡乱そう な目で酒の瓶を見た。
「美味しいの?」
「俺は好きだがな」
「味見してからにするわ」
「そりゃ俺のを飲ませろってことかよ」
 冗談で顔をしかめながら、入れたてのコーヒーをカップに追加して注ぎ、コーヒースプー ンで軽くステアした。先にナミに渡して一口飲ませると、少し目を見開いて、頷いた。
「私もこれにする。もう少しウィスキー減らして」
 注文通りにもう1杯作り、先に座ってバターをつまんでいるナミの前に置いた。
 向い側に腰を下ろして、マグカップで乾杯する。デッキで騒ぎ続けていたせいで冷えてい た身体が、次第に暖まってきた。
「で、眠る気はなさそうだな?」
 湯気を通した視線に非難を込めても、ナミはしらっと目を逸らす。
「…最高速度ですすまないとねえ」
「病み上がりが。ぶり返しても知らねぇぞ」
 ナミは知らん顔で指針を確認している。ゾロも休めと無理強いするつもりはなく、レーズ ンバターを口に放り込んで、半端な甘さを苦いカクテルで流した。
「あのさ」
「あァ?」
 しばらく視線を彷徨わせていたナミが、横目でちらりとゾロを見た。
「……怖かった?」
 何が、と訊いてみたくもあったが、そうしたらきっと拗ねて手に負えなくなるだろう。
「…まあな」
「あと数日遅かったら死んでたんだって」
 子供の仕種で両手でマグカップを抱え、湯気で顔を隠すようにナミは呟いた。
「間に合って良かったな」
 高熱で消耗していくナミを間近に見ていただけに本心からの言葉だったが、ナミの視線は 少々剣呑だ。
「それなのにあんた、寒中水泳」
「蒸し返すなよ…あ〜、そうだ、心配でジッとしていらんなかった、てのでどうだ」
「どうだってね…」
「本復重畳、乾杯」
 中身の減ったマグを差し出すと、ナミは仕方無さそうに苦笑して、ガチンとカップを合わ せた。大分冷めたカクテルを、お互いに一息で飲み干して、顔を見合わせて笑い合う。
「足の傷、明日チョッパーに診てもらいなさいよ?また自分で縫ったんでしょ」
「ああ、そういやこっちもそろそろ抜糸しねぇと」
 ナミは、親指で胸を指すゾロを呆れた顔で眺めながら、2つのカップにウィスキーを注ぐ。
「『大いなる波が砕けて飛沫になる』って詩を知ってる?」
 唐突な話題の転換はいつものことで、さあ、と流そうとしたが、注がれたカップを押さえ られて、答えなければ飲ませない、と笑う瞳に、真剣に記憶を辿り始めた。
 どこかで読んだ記憶がある。
「…『その飛沫はどこへいくか』…途中忘れた…『大いなる波になる日を/無数の星たちが 待っている/われらを見下ろしながら』」
 ナミの手が、カップをそっとゾロに向けて押し出した。

  だから友よ
  生の酒を飲め
  生きた酒を腹に入れよ
  激しく動き回る分子を糧とせよ。

 2人で唱和しながら、カップを目の高さに掲げて視線でまた乾杯する。
 何に書かれていた詩か、ようやく思い出した。

  畏れよ
  畏れるな
  絶望せよ
  絶望するな
  友よ
  逆らうな
  とどまるな
  打ち震えながら……生きよ。

 見つめあい、一口、喉に生のウィスキーを通して、同時に笑い出した。
「スリー・シープスの赤箱だ」
「当たり!絶対知ってると思った!」
 ポピュラーに飲まれているウィスキーの、外箱に印刷されている詩だ。
 手持ち無沙汰に飲む時に、近くにある文字を眺める人間は結構いるらしい。偶然が呼んで 一緒の船に乗り合わせている2人が、著名な詩人の作でもない詩を暗唱できるのだから。
「作者不詳だったか」
「ん。いいよね。…結構励まされたりした、前は」
 それきり静かに、ゆっくりと1杯のウィスキーを味わって飲んだ。
 時折交わす視線は穏やかな微笑みと静かな決意を含み、言葉は必要ではない。
 ナミがカップを空けて、軽くなったそれを見つめて静かに言った。
「死ねないね」
 ゾロは音を立てずに、空のカップをテーブルに置いた。
「そうだな」
 右の人さし指をビシッとナミに向けて、強めの口調で命令する。
「だからもう寝ろ。指針は俺が見てる」
 ナミは半眼でゾロを見て、永久指針を指先で傾けた。
「あんたと方向ってのがどうも、信用ならないのよね」
「まかせろ」
 舳先と指針が同じ向きならいいんだろ、と自信をみせても。
「朝になって進路がずれてたら…」
「どうする気だ」
「特等席から逆さに吊るすわ」
 本気としか思えない口調と目の光に、内心で怯んだが今さら退けない。
「出来るだけのことはする」
 頷いたゾロにナミは指針を預け、じゃあおやすみ、と立ち上がった。上質のコートの裏地 が、さらさらと音を立てる。
 戸口で振り返ったナミが、悪戯を企む表情で後ろ手にドアに寄り掛かった。
「おやすみのキスとか、なし?」
 苦笑して立ち上がる。近付きながら右手をコートに擦り、ナミの前に差し出した。
「こっちの方が、相応しい夜だろ?」
「今夜に限らず、ね」
 私達はこうよ、と笑って差し出されたナミの手を、力を込め過ぎないように握った。ぎゅ っと握り返される。
「大好き」
 真面目な顔で告げられ、ゾロも生真面目に応えた。
「俺もだ」
 見つめ合った数瞬に同じ想いが交差したのを感じて、僅かな切なさと誇らしさが胸を満たす。
 見ろよ、俺の惚れた女を。こんなに強くて綺麗だ。
「おやすみ」
 ナミは後ろに回したままだった左手でドアを開け、1歩下がった。握手がほどける。
 その握り合った右手の甲に、唇を当てて笑った。
 ドアはすぐに閉められたが、たちまち入り込んだ寒気にゾロは身を震わせた。
 たった今のナミの残像が目の前にちらつき、がしがしと頭を掻く。
 テーブルの上に残ったレーズンバターを見て、証拠隠滅のためだと飲み直すことにした。


 お互いが1番ではいられない
 何を捨てても賭け、ついていく至上の相手がすでにいるのだから
 それでも打ち震えながら生きていく限り、あなたを愛し続けます


 口に出せない誓いはお互いに抱えたまま



 END  




みつる様のワンピース&FFサイト、「ぜんまい稼動」の300記念カウンタでリクエストしたゾロナミです。
作中の詩は、神林長平氏の「ライトジーンの遺産」より、だそうです。
『見ろよ、俺の惚れた女を。こんなに強くて綺麗だ。』
ってところで、画面の前で悶えました。
はぁ〜〜なんて素敵なんだーー!!
みつる様ありがとうございます!!

みつる様の素敵サイト「ぜんまい稼動」はこちら




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