夢の話




 気がついたら俺は階段に座り込んでた。
 なんか良くわかんないこといろいろ考えてたよ。
 楽しい気分じゃなかった。

 それで倉庫から出てきたウソップに聞いたんだ。


「ナミは?」
「・・・・・・」
「眠っちまったのか」
「・・・・・・そうだよ」
「そば、ついててやんないとなぁ」
 たとえそれが、彼女が望んだ人でないにしろ。目覚めたときにそばに誰かいたほうがきっと安心すると思うから。
 そしたらウソップは目元を真っ赤になってるのになお擦って、必要ねえよ、と言った。
「次にナミが眼ぇ覚める時には、ゾロがちゃんといるはずだ」
「ゾロんとこ、いったのか。眠ったんじゃなくて」
 ぽたりぽたりと膝を濡らすのが自分の涙で、吼えようとした喉はからからに乾いてた。
「眠ったみてえにな」
 迎えに来てたのかもしんねえよ。ナミのやつすげえ幸せそうな顔してんだ。すげえ満足そうな顔してんだ。
「痛かったのは?」
「もうそんなこと分かんなくなってたんだろうな」
 ちくしょう。止まんねえ。俺の眼壊れちまったよ。喉も痛えんだ。
「なあルフィ、お前が泣くなよ」
「ウソップもだろ」
「しかたねえ止まんねんだよ」
「なあナミはさあ、ちゃんとベッドん中で眠ってんだな」

 ナミは普通の女と違うからさ。なんかもっと普通じゃないと思ってたんだ。

 夕焼けん中にとけてなくなっちまったり。
 海の泡みたく掴めなくなったり。
 花みたく散り散りになっちまうのかと思ってた。
 
 夢だったみたく消えちまうんだと思ってた。


 ***


「チョッパーっ!!!!」
 朝飯の支度中、サンジは台所でその絶叫を聞いた。ルフィだ。腹が減ったなら理解るが、なんでトナカイを呼んでるんだ。
 乱闘の気配に慌ててキッチンから出てみると、男部屋の入り口からチョッパーが弾丸のように飛び出てきた。サンジに気付くと足元をぐるぐる走って必死で隠れようとする。
「おい! どしたよ?」
 抱えあげてもまだ全力疾走な足に、幾度か蹴られる。それだけ必死なのだ。
「放せーっ! チョッパーお前医者じゃねえのかーっ! ナミがっ! ナミがーっ!!」
 暴れる船長の手足を手足で縛って(流石ゴム)、ゾロが甲板に出てきた。寝起きで機嫌は最悪。普段なら刀の二本くらい抜いてそうなものだが、そうならない理由があった。
「おい、ルフィ何泣いてんだ・・・・・・」
 最後にこそこそと現れるウソップ。巻き添えを食ったらしく鼻が(また)折れている。
「うるさいわよ!!! 私がどうしたっていうのよ!」
「何かあったんですか!?」
「ナミさんv ビビちゃんv おはようございます!」
 三節棍装備済み、ちょっぴり髪に寝癖付き。で御登場あそばしたナミを見るや否や、ルフィはぐしゃぐしゃでぼろぼろの泣き顔で、ナミに飛びつきしがみ付いた。
「きゃあああ何よ何事よ!!!」
「あっクソゴムてめえナミさんに何しやがる!」
「こら離れろ!!」
 サンジとゾロが引き剥がしにかかったが、ルフィはべそをかきつつも必死にしがみ付いて、なかなか離れようとしなかった。


 ***


「夢ぇ見たんだ」

 目の前に朝飯が湯気を立てているというのに! 手を出そうともしないで、ルフィは無理やり言葉を搾り出すみたいに、話した。
「すげえ痛い病気なんだって。なのにチョッパーがいねえんだ。サンジもビビもカルーもいねえんだ。どこにも。ゾロもさ、いねえんだけど俺知ってるらしいんだよ。ゾロ何処にいんのか」
 話しながらもぼたぼた涙が出てきてしまうので、ナミはそっとタオルで拭ってやった。
「俺の傍にいねえっての知ってるんだ。んでナミまでいっちまうんだ。ひでえだろ」
 ちくしょう涙止まんねえよ。だって花みたく散り散りになっちまうんだ。ナミが。いなくなっちまうんだ。だってそうだろ。俺の大切なのに。俺のなのに。
 刀を抱いて目を伏せていたゾロが、おもむろに立ち上がりルフィの頭を殴った。
「いてえじゃねえか!」
「ゴムにゃ効かねえんだろ・・・・・・」
 ばりばりと首を掻きつつ、ゾロはルフィに刀を差し出した。和同一文字。
「誓った約束は、破らねえ」
 静かな声だった。
「病気だぞ」
「医者がいんだろが」
 いまだ恐慌状態にあったチョッパーは、カルーの後ろでふるえていたのだが、この言葉で背筋を伸ばし、帽子を直して影から出てきた。
「私だってそうそう簡単にくたばりやしないわ」
 ナミは子供を宥めるようにルフィの鼻をかんでやった。
「いざとなったら死神だってだまくらかしてやるわよ」
「ほんとか?・・・・・・んや、ほんとだな。おまえ、俺に嘘つくわけねえもんな」
 ルフィは笑おうとしたが、腫れぼったい顔はうまく笑えなかった。顔洗ってくる、とダイニングから飛び出そうとしたルフィをサンジが掴まえる。
「俺がそんな一大事にいねえわけないだろうが。夢だって気付けクソゴム」
 煙草の煙を正面から浴びせた。ウソップが鼻をさすりながら続ける。
「おおそれにな! そういう夢ってのは反対の意味になるんだぞ! たとえばその・・・・・・死ぬってのは生まれ変わりだろ。今までより強くなったりできる事が多くなったり、何かいい変化の前触れなんだ」
「ほんとか!?」
「俺様はそういう嘘はつかねえ!」
 得意げに胸を逸らしたウソップに、ルフィはぐしぐしと目を擦りなおし、今度こそ満面の笑みを浮かべた。
「腹減ったぞ! 顔洗ってくるからな先食ったらゆるさねえぞ!」
「・・・・・・そりゃいつものてめえだろ・・・」
 サンジがやかんを火にかけなおす。


 寝癖を直しに。毛布を片しに。折れた鼻を直しに。
 それぞれが大急ぎでいつもどおりの朝に戻る。
 何故って、急がねばみんなルフィに食われちまうのだ。






思い出すだけで泣けてきて困るんだ


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