わすれもの
「今日のディナーはー」
ケバブにショートパスタ、タラモサラダ、各種ピクルス、ほうれん草の類のポタージュ。
いつもどおり手早く、しかし稀に見るどんより具合のサンジは、全員にメインをサーブし終わると自分の席に沈没するように座り込んだ。肩が丸く猫背になっている。噛んでしまった煙草は火が消えたまま、への字の唇から零れ落ちる寸前だ。
「……大丈夫?」
流石に心配そうなナミが顔を覗き込むと、力なく微笑んでがっくりと項垂れた。
なんかあったの? とウソップに目を向ければ、肩をすくめて首を横に振っている。
「駄目だ思い出せねぇ。なんて失礼なんだ俺ってやつは……」
うああああ、と頭を抱えてしまった。
一体何を忘れたというのか。
「うん? 今朝? 俺は鼻に何か頼み事をしたんだよ。なんかすごい重要なやつを。で、今のところなんも支障は出てねえ。つまり鼻はちゃんとやってくれたってことなんだ。礼を言わなきゃだろ。だけど俺はそれがなんだったのかどうしても思い出せねんだ」
「とりあえずお礼しとくってのは?」
「それじゃ鼻に失礼だろ」
真面目なやつなんだよ、とウソップが苦笑いしてみせる。ああ駄目だ思い出せねぇ、とサンジは目の前の夕食に手もつけようとしない。
「まあ気にしなくていいから。大したことじゃねえし、結果うまくいってんだし。冷めちまうじゃねえかせっかくのお前の料理がさ」
うん、ごめんなウソップ。おまえなんて気のいいやつなんだ。
旨そうだな。ああ。いただきます。
「それで結局あんた何を頼まれてたわけ?」
「いやそれがな、今朝冷蔵庫見てたあいつが、青菜が駄目になる前に使っちまわねえとって言うからスープが飲みたいって言ったんだよ。そしたら他に考えてたのがあるとかで、忘れそうだから飯前に言ってくれってさ」
「言ったの?」
「いや、言う前にちゃんと作ってくれた」
「可愛そうに。ちゃんと教えてあげれば良かったのよ。サンジ君ものすごい悩みようだったじゃないの」
そうしたらウソップが微妙に嬉しそうな顔をして見せて。
「うんまあ、でもいろんな意味で俺は喜んでもいい立場だと思うんだがどうよ?」
とうとう思い出せないまま自棄酒に潰れてしまったサンジの瞼から前髪を除けてやる。
あー嫌だわいちゃつきやがって、とナミはサンジの飲み残しの酒をボトルごと拝借し、ダイニングを出た。
こういうときは酒盛りに限る。でなけりゃ自分ももっといちゃつくか。
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