タコ
〜愛に生きて〜




 私はタコ。
 名も無い一匹のタコ。魚人でも人魚でもない、しがない一匹のタコ。
 暗くて静かな海に、恐ろしい大きな何かが落ちてきて、泥煙に巻き込まれて運命を感じたの。
 そして貴方は降りてきたわ。
 気難しげな眼差しも、がっしりとした手指も、吸盤こそないけれどたまらなくときめいてしまったの。
 邪魔な何かに捕われてはいたけれど、私はそいつを剥がそうと躍起になってしがみ付いたわ。
 やがてあの恐ろしげな大きな何かの中で、私は周りを嘗て無い嫌な何かに包まれたのを感じたわ。
 恐かったけれど必至で貴方にしがみ付いた。そうしたら祈りが通じたのね。
 貴方は奇妙な箱から解放された。
 新ワカメのような髪の色に運命を感じたわ。吸盤も無いし足も四本しか無いけれど。
 しっかりとした肩にしがみ付いて、もう二度と剥がれるものかと、誓ったわ。
 もっと大きな人間が現れた時も、もう一度海に戻ったときも、急に訪れた夜の恐さに震えても、私は貴方の背中にしっかりとしがみ付いていた。
 貴方が必至で櫂を取ったときには、それでもそっと離れたわ。
 物分りのいいタコでしょう?
 そして太陽の下に再び戻り、貴方の腕にもう一度張り付こうとして、気付かれてしまった。
「おお! タコがいるぞ!」
 そう、私はタコ。
「タコ焼にしよう!」
 そうね、美味しく食べられてしまうのもいいかもしれないわ。
 陸地に上がっては私は長くはないもの。いつまでも水々しくはいられないもの。
「さーうまいタコ焼にしてやるからなーv」
 貴方と一緒にいた人間のひとりが、私を貴方からひきはなしたの。
 ああ、もうさようなら。どうか美味しく食べてね。所詮私はタコ。どうしてもタコ。


 嫌な感じのする板の飢えに私を載せて、貴方から私を引き剥がした人間が嬉しそうに呟いたわ。
 それが私の最後の記憶。
「しかしいいタコだな〜見事な足! 吸盤! 最高に美味く料理してやるからなーv」
 そのとき初めて気付いたの。
 夜明けのチョウチョウウオみたいな、なんて綺麗な髪。
 あら、まあ。
 こちらもなんていい男なんでしょう。






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