大晦日





 大晦日、最後の夕陽の名残が消える。
 外れそうな勢いで戸板がこじ開けられたとき、ゾロは刀の手入れ、ナミは富くじを数 えている真っ最中だった。
「ほー、このクソ忙しい大晦日に呑気に刀の手入れかい。お侍ってなそんなに儲かるも んなのかね」
「店はどうしたよ助平板前」
 いきなりのこの暴言にも、今宵のサンジはなんともいわない。言わない代わりにべろ んと分厚い帳面を突き出した。
「さーちゃっちゃと払って貰おうか」
「なんだこりゃ」
「大福帳にきまってんだろうが。この一年のてめえの飲み食いきっちりつけさして貰っ た。しめて云十文。きっちり寄越さねえと、てめえに新年は巡ってこないぜ」
 甘い菓子は食わねえとか馬鹿げたことを言いつつもゾロが、その帳面に手を伸ばす・・ ・・・・届く寸前にサンジが手早く懐に仕舞いこむ。
「さー寄越せちゃっちゃと寄越せ。金の貸し借りはきっちりつけとこうぜ田舎侍」
「てめえに借りなんかねえよエセ源氏」
「なんだと寝太郎」
「まあまあまあまあ二人ともちょっと待った」
 土間で凄みあう板前と剣士の間に、ナミが割ってはいる。
「まずサンジ君外出ましょ、ここで騒ぐとご近所に迷惑だし。ゾロ、あんたも物騒なも ん仕舞いなさい」
「はいvナミさん」
「おう」
 ゾロにしてみれば金の騒ぎはナミに任せるに限る。大人しく刃をおさめて成り行き任 せと座りこんだ。
「それにしても大変ねえ。来年になると帳消しなんでしょ?」
「ええ。中にはたちの悪い奴もいて逃げ回るんです。そこの寝太郎は大人しく家にいる だけ、実はましってもんで」
 サンジは奥に引っ込んだゾロのほうに顎をしゃくる。
「そうねえ。現金掛け値なしってのも当世の流行りだけど、どうも味気ないわ」
「いい気分に酔っ払ってるお客に勘定突きつけるってのも、粋じゃないでしょ」
「で、その分厚い帳面分一晩でまわるわけ?」
「残り三分の一ってとこですかね」
「寒いのに大変ね。頑張ってね〜サンジ君v」
「はいvvv」
 いってらっしゃ〜いと手を振って送り出して、それでがらがらぴしゃんと戸を閉めて、 ナミは振り返って、ばっちり、と親指立てる。
「楽勝」
「助かった」
「そしてゾロに貸し云十文、っと」
「おい」



 日めくりを取り替えて除夜の鐘を待つ頃、激しく戸を叩く音。
「あら、サンジ君気がついちゃったのかしら」
 あとちょっとで帳消しだってのに。ナミはぶつくさ言いながら、駄目押しのつっかい 棒を外す。と、倒れ込んできたのは。
「与作と序仁井じゃねえか。どうした」
 くたくたに疲れきった岡引二人は、済みませんどうか茶を一杯・・・・・・、とそれだけう めいて板の間にへたり込んだ。ナミが入れてきた茶を一息に飲み干して、ああ暖けえ生 き返るぜ、と頭を下げる。
「どうしたもこうしたもねえんで」
 二人が交互に説明することによると、この期に及んで悪あがきの博徒まがい連中が、 夜道の物陰に潜んで、大福帳をかっぱらうとかいう、とんでもない策に出たとか。
「そりゃ歴とした犯罪じゃねえか」
 主だって狙われてるのは若手の奉公人あたり。海千山千の年寄りあいてじゃ、来年の 分が悪くなる。
「ま、やつら年明けまで粘りゃあとはしらばっくれても問題ないわけですから、時間制 限があんのと、ひたすら走り回るの除けば、楽な仕事じゃあありますけど、な」
「な」
「これで金まで盗むようなら大頭の領分ですが」
「そんな体力あるならもっとましな使い方すればいいのにねえ」
「ナミの姉貴の言うとおりっす」
「んで何でここに来た?」
「そりゃこの界隈に連中が逃げ込んだもんで」
 やあねえ物騒、とナミは顔を顰めたが、ゾロにしてみれば先刻のサンジの一件がある から何もいえない。
「風物詩みたいなもんだからな・・・・・・ところで先刻から気にはなっていたんだが」
 これぁやはりあいつの足の裏か?
 指差した二人の背中にくっきりと足跡二つ。

「波羅亭の若旦那の蹴りは効くっす・・・・・・」
「きっちり払わされて懐が寒いのなんの・・・・・・」
「この足跡・・・・・・まだ蹴られて間もないわね。この近所で会ったんでしょ。サンジ君な にか言ってた?」
 つっかい棒を構えながらナミが問う。二人は勿論と頷いた。
「にやけたり怒ったり繰り返しながら『罪なおひとだ・・・・・・』とか」
「とばっちりって感が無きにしも非ずで」
 やっぱりね・・・・・・ごめんなさいねと、改めて奥から煮しめの皿と酒を持ち出すナミ。
「我ながら結構上手く出来たのよ。つまみにいかが?」 
「や、感謝感謝」
「姉貴料理上手いっす〜」
 そうして杯持ち出して飲み交わす。
「でもこんなことしてんのがばれるとな」
「寒さしのぎに一杯だけってことで」
「・・・・・・おまえらの借りも載ってんだろ、その盗まれた帳面」
「ぎく」
「わかります?」
「逃げ切ってくれ、とか」
「思うよな〜」
「な〜」
「・・・・・・あ」
 ふとナミが耳を澄ます。ゾロが腰を浮かせたのを制して、一人溜息をついた。
「・・・・・・その願い叶わないと思うわよ」
 確信ありげに肩を竦めるナミに、なんでですかい? と問えば。
「若手の奉公人狙いってとこがね・・・・・・運の尽きね」
 除夜の鐘の音に合わせて賊の悲鳴が響き渡った。
「・・・・・・八十七つ」


「何処の何様のつもりだってんだ!!」
「ひええええ!!!」
「盗人如きがうちの大事な帳面に手え出すたあいい度胸だ!!」
「ぎゃああああ!!!」
 ただの若造と思った盗人が馬鹿だった。
 波羅亭板前のサンジの真価はその腕前にあるが、特記すべきは女好きと蹴り技であ る。みてくれに誤魔化された愚か者は、故に踏んづけ蹴飛ばされるはめになる。
「そっちのてめえは十七文!そこのてめえは二十八文!こっちのお前は四十一文!
今払えすぐ払えきっちり払え! そしてこともあろうに俺の懐からじかに盗もうとした てめえ! そいつをしていいのは美女だけだ! よっててめえは特別に・・・・・・」
 もはや悲鳴を上げようにも口が震えて動かない野郎どもに、
「三枚にオロしてやる!!!」
 鉄の踵の制裁が下る。


「で、俺らはただ働きですかい」
「あんだけ走り回った苦労が・・・・・・」
 結局俄か盗人はあえなく御用に。
 しかしながら、正直にやってればいいこともあるもので、お縄にせずとも既にぼこぼ こな連中を引っ立てたところに、ほろ酔い加減の大頭が御登場。
「おうお前ら最後までお疲れさんだなあ。悪ぃなあ。そうだなこのままうち来いや。き んとんつつきながら迎え酒といこう」
 ねぎらいのお言葉に加えて、こっそり噂の隣のおかん御手製の御節料理という極上の 褒美に、くたびれた岡引二人はただ嬉し涙。
 良いお年をと言い残して、足取り軽く去っていった。
 また鐘がごぉんと響く。
「偉いわーサンジ君vついに捕り物までこなすようになったのね」
「や、ナミさんv 魚も罪もさばくにゃ違いありませんし。ははは」
(随分な洒落だな・・・・・・)
 部屋の中でそっぽを向いたゾロが呟く。
(機嫌がいいのは確かよ)
 問題の捕り物は裏の木戸の真ん前で起きたもんで、ナミは暇つぶしに窓から覗いてい たのだった。
「ところでサンジ君」
「はい?」
「あのね、お煮しめ食べる? 味付け見てくれると嬉しいなー、なんて」
「喜んでv」
 極めてにこやかな笑みを浮かべたサンジだったが、
「おい、そんなやつに食わすこたねえ」
 ナミの横から顔を出したゾロに、その見事な(?)眉を釣り上げた。
「おい! てめえさっきはよくも」
「なんのことかしらv」
「いいえなんのことでもv」
 壁ごと蹴り破ろうと構えた足が行き場を無くして迷う。
「壁、壊すと弁償になるのよ。ここじゃ届かないし、表側から来てくれる?」 
「はいv」
 いそいそと表に大回りでまわるサンジ。
 また鐘が鳴る。
「ナミさんv来ました〜」
 おっそろしい速さで表に回ったサンジが、にこにこと戸を開けた瞬間。
「ん。百七つ」
「ああ? 何が百七つだクソ剣士」
 鐘がごぉん。
「百八つ・・・・・・よし」
 とたんに満面の笑みを浮かべてナミが姿勢をただし、深々とお辞儀をした。
「あけまして、おめでとうございます。・・・・・・今年もよろしくねサンジくんv」
「そういうわけで、元日だ。おめでたいことだな」
「あ・・・・・・・・・・・・・・・」
 暫し呆然とした後、がっくりと項垂れる。朱塗の箸を渡すと、サンジは涙ながらに八 つ頭を口に放り込んで呟いた。
「ナミさん、料理上手ですよ・・・・・・ところで八つ頭ってなんで食うか知ってます?」
「なんだったかしら」
「子孫繁栄・・・・・・つまりは子宝沢山の縁起もんなんですよ・・・・・・こうなったら全部食っ てやる!!」
「なっ・・・・・・待ちやがれてめえ!!」
 騒がしさに出てきた近所の住人が、見物ついでに新年の挨拶を交わす。
「ちょっと二人とも! 折角の料理が埃になっちゃうじゃないの!!!!!」
 がつんと音が聞こえそうな鉄拳制裁に、おおおと見物人から拍手が上がった。


   いやはやまことにおめでたい。
 新年、あけまして、おめでとうございます。




挿絵は紙一重の与作さまこと、じょんじょんさまからいただきましたvv大感謝vvv



新春どつき漫才これにて閉幕


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