菜の花畑で笑って。




 白くて薄くて軽いレースのカーテンは、カヤの陽に透ける綺麗な金髪に似合いで、元気の良い日にはその窓から乗り出すようにして手を振ってくれるのが、見張りに見つかるリスクを考えたとしても何より嬉しかった。
「今日はどんなお話をして下さるの?」
 窓枠の内と外と。隔てているのは、華奢で駆け出すことも出来なさそうなカヤの足だ。心臓だって、自分の隣を走ったりしたら弾け飛んで壊れてしまうだろう。連れ出せない全部の楽しさを話す事くらいしか出来ないから、自分は毎日ここに来る。
「今日は土産付きなんだ」
 鞄の中の小さな箱。木の皮を上手い具合に折って作ったそれを、覗き込むカヤの前でゆっくりと開けた。
「蝶々?」
 箱の中でゆっくりと羽を動かしていたのは、小さな紋黄蝶。恐る恐る指先を近づけたカヤの前で、ふいと飛び立ち、今度はカーテンの縁に止まった。
「今は普通の蝶々に見えるけどな。実は幸せを振りまく妖精の仮の姿なんだぞ」
「妖精?」
「おう。あれはこの村から山二つ川一つ谷一つ越えてった辺りだった。ずーっと果てがないくらい遠くまで広がる花畑があるんだ。この羽みたいな色した菜の花畑だ。端っこは多分太陽まで繋がってて、だから眩しいくらいに金色なんだ」
 そこにはこいつと同じような蝶が一杯遊んでるんだ。ちょっと見には只の蝶だけど、太陽に透かしてみれば、小さな手足が見えるから直ぐ分かる。俺は見分け方を知ってるからな。今朝お前の家に来る途中のこいつとばったり行き会って、連れてきてやることにしたんだ。遠い花畑から来たんで、くたくたに疲れてたみたいだからな。
「太陽まで続くような、広い広い菜の花畑・・・・・・」
 行ってみたいわ、とはカヤは言わない。会った初めの頃に比べたら、最近は比べ物にならないくらい元気になってきたから、だから最近のカヤはこういう言い方をする。
「何時か私も連れて行ってくれる?」
「おう! この船長ウソップに任せてくれ!」
 もっと丈夫になって、もっと沢山外を歩いて、そうしたらどんな所だって連れて行ってやるんだ。全部の楽しさに連れてってやるんだ。
 ひらひらと紋黄蝶が飛んでいく。ほんの少しの幸せでも、カヤの心に振りまけたろうか?
「だけど、今はこれで我慢しといてくれ。な?」
 手品みたいに取り出した一本の菜の花。カヤはまあ、と驚いて口に手を当て、それからとてもとても綺麗に笑った。


**


 ねえウソップさん。私昨夜夢を見たわ。
 何処までも続く金色の菜の花畑。小さな黄色い蝶々が沢山沢山飛んでいたわ。
 きっと昨日の蝶々が連れて行ってくれたのね。
 とても綺麗だった。
 でもね、もしかしたらウソップさんのお話とは違うところかもしれないのよ。
 遠くの方に行けば行くほど金色は濃くなって、それはもう綺麗なのだけれど、太陽は何処にも見えないの。菜の花畑が光っていたの。私もっと奥まで走ってみたかったのだけれど、胸が痛くなって、どうしても走れないのよ。
 最後にはしゃがみこんでしまって。そうしたら気がついたの。
 そこはとても静かだった。
 眩しいくらいに金色で明るくて、でもとても怖くて、目が覚めたら私泣いてしまったわ。


**


「そりゃあ、独りで行ったからだ。独りってのは寂しいもんな」
 ベッドサイドの、やっぱり薄くて華奢なガラスの花瓶に、昨日の菜の花が活けられてあった。
 カヤの眼は少しだけ赤くて、恥ずかしそうに笑った笑顔も、何処となくぎこちない。
 本当は話を聞いてたおれの方が泣きたいくらいだった。泣きたいくらいに怖かった。
 何処までも音もなく広がる花畑。もしも行ってしまったら戻ってこられない。そんな気がした。
「それに夢だったら、そっちがウソだな。ウソの妖精が隠れて付いて来てたんだ。おれの行ったところはそりゃあもう賑やかなもんだったからな。妖精ってやつはすごくお喋りなんだから」
 ウソ妖精がついてこないように、おまじないだ。目ぇ閉じてみろ、カヤ。3つ数えたら太陽を一瞬だけ見るんだ。眩しい、っと思った瞬間にウソ妖精は逃げてっちまうからな。
 1、2、3と数える声に合わせて、自分もいっしょに目を閉じた。
 目を開けた瞬間の光に溢れた光景は、多分金色の菜の花畑に似てるんだろう。


 笑って。
 笑顔を見せて。
 元気な笑顔を見せて。

 この光溢れる世界の何処へでも、本当は独りでも行けるはずなんだ。
 でも一緒に行ったほうがもっと幸せだと思うんだ。






いつか晴れた日に、一緒に行こう。


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