月下美人





「なあサンジ」
「なんだルフィ」
「サボテンの実って食えるんだな」
「おお。悪かないが東の海じゃ珍味の類だな」
「っていうか実なんか生るんだな」
「そりゃな、花が咲いて、ちゃんと実も生る。サボテン本体だって食えねえことはねえさ。てめえが食ったような、あーなんだっけチョッパー?」
「メスカルサボテン」
「ああ、そうだこれだ。なんだこの本こんなのあったか?」
「ナミから借りたんだ。砂漠の植物って使えるの多いんだな」


 雨が降る。


 寝る前にチョッパーから又借りした本を持って、ハンモックに潜り込んだ。
 明かりをつけるわけには行かないが、幸い(幸い?)一昨日ゾロとサンジが乱闘して甲板に開けた穴がある。応急処置にも板が足りなくて(「てめえらいい加減にしろよ海の上で船壊すんじゃねえ!!!」とウソップがゾロとサンジを殴った!)隙間から皓々と月明かり。
 腹ばいになって大判の本を捲る。細かい挿絵のついた分解図。果物の項を捲ってみる。
 サボテンの実。お、これ食ったぞ多分。どんな味だっけ。っていうかどれだっけ。
 ワゴン一杯の果物の山を思い出す。みずみずしくしゃきしゃきしたやつ。ねっとり甘いやつ。普通に甘くてうまいやつ。普通のぶどうとかももとかすいかとか。なんだかぷちぷちしたやつも。
 甘い匂いの。
 あー腹減ってきた。


 レェスのカーテン。光に透ける。高い空。
 宥めるような優しい声。


 空ろな意識が何かを捕まえた。すぐ近く。
 目を閉じて太陽を見たことがあるだろ? 一度くらい。眩しく光るそれを一度でいいちゃんと自分の目に捉えてみたいと、眇めた眼裏に灼きついて。
 それはもっと優しかった。
 月のようなものだった。
 頭から頬から、撫でるような光の方に眼を向けようとして動かないからだ。
 ああ、腹が減ってるからだろう。
 ただ甘い匂いだけが感じられて、それは食べ物の匂いじゃなく、どちらかと言えば花のようなもの。
 
 雨が降っている。
 光に透ける高い空の色は、水に跳ね返された原色の青。
 レェスのカーテンじゃなくてビビの髪ごしに。
 
 ナノハナの香水よりかもっと甘い。
 夜にだけ咲く白い花。仄かな紅色の首筋の、やや項垂れた月下美人。
 こんな花だったろうか。図鑑のページに折り目をつけそうになって、思いとどまる。
 このページが二度と開かない方が良い。
 誰の目にも触れぬほうが良い。
 熱と砂と太陽の国の、夜の雫の白い花。
 

 眠りなさい、眠りなさい、眠りの砂をその開きすぎた眼に零してあげるから。
 眠りなさい、眠りなさい、駆けて去り行く足元が沈んでいくなら逆らわないで。
 どうせ目覚めれば留まる事は無い。


 額に触れる冷たい手と、首筋に触れる優しい髪と、雨音より微かな呼び声と。
 手に入れられると思っていた。
 一夜しか咲かないうつくしい花。
 俺が知ってる白い花。
 敢然と陽に向かうサボテンの触れ難さ。それとまるで正反対の夜の香気。
 自分のものにできないものなどないと思ったのに。
 月のようなものだった。
 太陽が沈み雨が降る。夜は眠りに奪われる。月をどうして攫いにいける?
 動かなかったからだが思い出すほどもどかしい。
 

「なあ、サボテンの実が食いたい」
「そりゃ俺への挑戦か!? 食料仕入れへの挑戦か!?」
「売ってねえのか?」
「大きい港なら入ってるかも知れねえけどよ」
「うまいんだろ?」
「好き好きだな。瑞々しくって仄かに甘い。俺は好きだぜ」
 見た目も独特だけど、うん、さっぱり潔い甘さだなー。
 
 ああ、そんなのなら俺だって知ってるさ。
 月の果実なら甘くて遠くて、食えば砂の夜に捕らわれる。
 記憶を探るような言い草が気に食わなくて、サンジをわけもなくどついた。
 翌日は菜食を強いられて、腹の不満は生まれたが後悔はしなかった。






2005.5.5


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