神にあらず




「雷は神鳴りと書く。神の怒りだ。何の神かって言うと山の神だな」
「山にも神様がいんのか」
「いや、いねえだろ。だが嵐が来て困るのは山も海も一緒だ。穏やかだった空が一転して曇り、割れ鐘みてぇな音を響かせる。山の神様が怒ったってことさ」
「へえ」
「山の天気は海より変わりやすい。だから山の神は女なのさ」
「女の神は海じゃないのか?」
「誰が言ってた?」
「サンジ」
「母なる海って言葉もあるらしいがな。俺にとっては……多分ルフィ辺りはどっちだか……母なる大地と言うほうが解りやすい。実りの大地だ。東は農耕民族らしいからな」
「サンジは」
「ありゃ流浪の民だろうよ」
「だから地面の神様いないのか」
「さあな」
「ゾロの海の神様は女か?」
「神なんてもんがいるかな」
「山の神はいるんだろ」
「おいチョッパー、山の神って呼ばれるもんがもう一つあるんだぜ」
「何だそれ」
「女だ。嫁さん。かみさん。つまり神さんだな。慈悲深そうに見せて機嫌が変わりやすい。すぐ雷を落とす。八つ当たりもする。暫くたつと嘘みたいに青空だ。山の神さんは気紛れで怒らせると恐い」
「なあゾロ」
「ん?」
「ゾロの海の神様は女か?」
「……粘り強くなったなお前」
「神様は大体女なんじゃないかって俺思うんだけど」
「うん? どうしてだ?」
「だって勝てねえし」
「ああ、そりゃそうだな。根拠もねえのに勝てる気がしねえ」
「サンジは、海の神様は絶対女だって言ってた」
「へえ?」
「とびっきりの女神でなきゃ、どうしてこんなに野郎どもが夢中になって身を滅ぼしたりするか、ってさ」
「はは、そりゃ違いねえ。俺もお前もその口か」
「うん。勝てる気もしねえけど、そのためならなんでもできる気がする」
「女だな」
「女だ。男ってばかなもんなんだな?」
「トナカイ的にはどうだ?」
「変わらないよ。海に出た時から俺は男だ」
「いっちょまえだな」
「うん」
「俺は勝てねえ女ばっかりじゃ困るんだがな……」
「ばっかりなのか?」
「ばっかりじゃねえって」
「ゾロは強いから、負けるのは一人くらいで充分だろ?」
「言うようになったなお前」
「サンジはもう負けたって言ってたし」
「あいつは初手から負けてんだよ」
「ゾロは?」
「さあな」
「勝てる?」
「……いや、どうだか」
「恐いよな、ナミは」
「ああ」
「雷落としたらエネルより恐いよな。ルフィにも効く雷だ」
「甘いぜチョッパー」
「なんで?」
「雷落とされるよりもっと恐いのがひとつある」
「そんなすごい技持ってんのか!?」
「ああ、恐いっていうか、多分お前にも効果抜群なやつがな。あれをやられたら引っ込んでるわけにはいかねえってのが、一つ」
「……しあわせぱんち」
「……そりゃまた懐かしいことを。あれもまあ効くやつには効くだろうが」
「どんな技なんだ?」
「そもそも技じゃねえし」
「どんななんだ?」
「当ててみろ」
「教えて!」
「答えが思いつかないんなら、その方がいい。恐いものなんて見ないで済むならそれが一番いいんだ」
「じゃあ答えだけ! だって男なら、ちゃんと覚悟しておかねえと」
「……いい男だな」
「覚悟のあるのがかっこいいんだって、俺は思ったんだ。……ゾロはかっこいい」
「そりゃありがとう」
「なあ、どんな恐いことなんだ?」
「……涙だ。お笑い種だろ?」


 あの気丈な女が、打ちのめされてぼろぼろんなって泣くの見たら、男なら何もかもうっちゃってでも、そうさせたやつ潰してやりたくなる。
 そして、そんなでも立ち上がる壮絶な覚悟見せ付けられたりしようもんなら、ああこいつには絶対敵わねえって思い知らされる。恐いだろう?
 全面敗北だ。降参だ。俺は惚れました。お前が生き抜くためならなんでもやります。弱いはずの性のあまりの強さに見上げるばかりだ。そういうのが神だというならまさに神なんだろうが、俺が信じるのは神じゃなくてお前だ。
 女ほど詐欺で奇跡な存在がいるだろうか。
 そしてあの女ほど覚悟のいる女が他にいるだろうか。


 俺の覚悟はまあ大体そんなところだが、チョッパー。これは男として口外してはいけないことだ。
 雷を鳴らす神がいるなら、鳴ってない時はどんな風だと思う?
 晴れてるんだ。今日の午後みたいにな。
 そら、呼ばれてるぜ。……ん? 俺もか?
 待たせたらまた雷が落ちるからな。
 いくとしようか。せいぜい泰然と構えて見せながら、な。







お題53:かみなり
2004年6月29日
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