はと




 とりあえず町の広場の噴水の縁に座り込んで、サンジはやや長い停泊中の時間をどう使おうか、ぼんやりと考え込んでいた。
 大きな島だ。港町はいくつかあって、ここは比較的小さいが人が多い。海を行く船を追いかける桟橋の子供の姿を見て、ナミはここに船を寄せようと決めた。
 ナミの見立てどおり、安全で賑やかでいい町だ。市場は昼には閉まる。今は夕方。下見に行くのは明日として、さてどうしようか。
 この種の平和ないい町には欠けている物がひとつだけある。憂さ晴らしと戯れの宿。あるにはあっても何やら周囲が平和すぎて……そういう適当な気分にもなれず。
 血気盛んとは言い難い自分の理性は、長閑さに宥められてふやけてしまっている。居心地のいい平穏なああ真白いリネンに当たるお日様。そういう。
 目の前を母娘が乳母車を押しながらゆっくり通り過ぎていく。広場の正面側のカフェの初老の店主が、何か入った紙袋を持ち出して、噴水のすぐ隣まで来てその紙袋から何かを放った。
 羽ばたく音が空から。
 囲む家々の高い屋根から一斉に降り立つ影。白い胸の小鳩。くるくると喉の奥を鳴らしながらビスケットだか何かの欠片を啄ばむ。周り中を囲まれて茫然とサンジは、背中を丸めて膝に肘をついて眺めていた。
 羽埃に目を細めると、差し出された紙袋。中身はパンの耳だった。
 食いもんを。そういう思いが一瞬過ぎったのをどう思われたかわからないけれど、斜めに見上げた店主の顔は別に面白がる風でもなく、ただのんびりと穏やかだ。
 持てと言われたわけでもなく、差し出された紙袋を持ってしまう。店主は群がる小鳩の群の真ん中を歩いて、店に戻る。
 足元によってくる小さな影。
 無心にこちらを見上げる目に空が映る。飛べる鳥の空は鮮やかだ。
 空の中から空を眺めて空に染まる。
 突き抜けるような視線が怖い。
「食う?」
 くるるると柔らかに喉を鳴らした小鳩は小首を傾げて二度三度羽ばたいた。
 空の中の空色の。
 白い胸の愛しい愛しい小鳩は飛んで行ってしまった。
 




有名な歌があるようですが聴いたことがありません。
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