腹巻




 名も無き島を出て一昼夜。船は快速で進む。桜はもう見えないけれど、まだ降り続いている雪が、なんとなく名残惜しげだ。
 ダイニングではビビとチョッパーがホットミルクを飲んでいた。サンジは流し台に寄りかかって、これから数日分の食料を考えている。僅かながら補給は出来たとはいえ、あまりゆとりがある状況ではなく、少々彼は不機嫌だったが、目の前のほのぼのとした二人(主にビビ)を見ていると、どうにも気が緩んでしまうのだった。実は隅っこの方にルフィとウソップとカルーもいたのだが、彼の視界には入っていないらしい。
 ふいに扉が開けられ、風に舞った粉雪と一緒にナミが入ってきた。濡れた髪をぐるぐる巻きにして、一目でわかる風呂上り。
「ああ〜油断してらっしゃるナミさんも素敵だ〜vv」
「ホットミルク? 私も欲しいわ」
 心得たサンジがちょっぴりワインを垂らしたやつを、ナミは嬉しそうに両手で持って、少し啜って溜息をついた。
「今日は大分冷えるわ。雪もいいけど、海の上だとちょっと寂しげね。本当寒いし」
「その寂しさごと僕が暖めて差し上げ・・・・・・ぅぐっ」
「ナミさん、髪濡れたままじゃ風邪引くわよ。また病気なんてとんでもないわよ?」
 サンジを黙らせつつも笑顔で言うビビに、ナミは頷いた。
「大丈夫。今日はもうちゃんと寝るから。チョッパーも恐い顔しないで。ね?」
 おやすみなさい、あ、サンジくんこれ明日洗うから。と、ナミはコップ片手にダイニングを出ていく。その背の気配が、まだ少し弱く儚い。
 扉が開くのと一緒に、外の冷たい空気が部屋に流れ込んできて、ルフィとウソップが揃ってくしゃみをした。
「ナミさんって、どうしても無理しちゃうのね。もっと人任せにしてもいいのに」
「それをビビちゃんが言う?」
「サンジさん・・・・・・」
 二人同時に鼻をかみながら、ルフィとウソップは顔を見合わせる。サンジとビビを交互に指差して、「ちょっとアナタ、今のお聞きになりました!?」「ええ、二人の世界の始まりですわよ」と無言劇。クェと、カルーが同意する。
 そんなところへチョッパーが意味深な溜息を吐いた。
「かっこつけて無理することないのにな」
「ん? ナミがか?」
「そうだ。あいつには本当は腹巻が必要なのに」
 ・・・・・・爆弾発言、というやつだった。
 ぶーと粗茶を吹いたウソップの隣でルフィが真剣に問う。
「それ本当か?」
「本当だ。医者でなくたって、そう思う」
「今のままにしといたら、どうなる?」
「すぐにはどうにもならないけど、やっぱり元気にはならない」
「・・・・・・おいトナカイ、そりゃ本当なんだろうな」
 眉間に青筋立てたサンジの脅しにちょっと怯えつつ、
「うん。あいつには腹巻が必要なんだ」
 ・・・・・・・・・・・・・・・。
 ウソップ、撃沈。おろおろするビビの隣でサンジがゆらりと身を起こす。
「これ以上ナミさんに我慢なんかさせるかよ・・・・・・」
「ああ、また病気なったら俺は嫌だ」
 同じく立ち上がったルフィと頷きあって、地獄の底から響くような声でサンジは唸った。
「今夜はあのクソ野郎見張りだったな・・・・・・」
「ナミのためだ。仕方ねえ。サンジ、俺とおまえで交替だ」
 勇ましく二人は出て行った。
 途方にくれたビビは、心を落ち着けんとホットミルクを啜り、自室に一人戻ったナミを思って切なくなった。
(これも私がこの船に乗ったからかしら・・・・・・気付かなかった。ナミさんごめんなさい)



 見張り台には、相変わらずの寒さに鼻の頭を真っ赤にさせたゾロがいた。地平線を眺めつつぼんやりとしていると、いきなり目の前に手が現れた。
 びょんとゴム技で跳ね上がったルフィが、目の前に現れるなり襟首掴んで怒鳴る。
「見張りなんて俺が代わってやる! お前は早くナミんとこ行ってやれ!」
「は!?」
 何が何だか分からぬまま下を見ると、ぐしょぐしょ顔のサンジが怒り狂っていた。
「クソ野郎! 俺は諦めたりはしねぇけどな! ナミさんのためなんだ! ナミさんだけのためなんだ! てめえになんかナミさんは勿体無いけどナミさんのためなんだーっ!! 仕方ねえだろそれがナミさんのためだってんなら俺ぁ潔く身を引く! けど勘違いするな! これはナミさんのためなんだ断じててめえのためなんかじゃねんだーっ!!!!!!」
 あれよあれよという間に見張り台から引き摺り下ろされ倉庫に蹴りこまれ押し込まれ、ぐしぐしとハンカチを食い千切りそうな恨めし顔のサンジに見送られ、ご丁寧にキッチリ扉が閉まったところで、やっとゾロは呟いた。
「なんだってんだいきなり・・・・・・」
 ばたんと勢いよく女部屋の扉が開いて、ナミが顔を出す。
「ちょっとうるさいわよあんたたち!! ・・・・・・って、あんた今夜見張りでしょ? 何やってんの」
 ナミの問いに、今だ呆然としたまま、ゾロは首を横に振った。
「お前の傍に居てやれ、ってさ・・・・・・ま、いいか」
「・・・・・・そうね。ま、いいんじゃない」



「んー、しかしなんだな。医者ってのはそんなことまで分かっちまうんだな」
 自分で注ぎなおした粗茶を啜り、復活したウソップは感心している。クェ、とやはり同意するカルー。外の怒号に耳を傾けながら、ビビは呟いた。
「私全然そんなこと気付かなかった・・・・・・本当の意味でお邪魔しちゃってたのね、私・・・」
「まあ、気にすんなよ。俺だって気が付いたのはつい最近だ」
「でも、それならMr.ブシドーって、すごく胆力のある人なのね。ナミさんが倒れたときも、決して取り乱したりはしなかったし・・・・・・」
「そうだよな・・・・・・ゾロのやつ相変わらずだったもんな・・・・・・」
 しみじみと語り合うビビとウソップの間で、二人を見上げながらチョッパーが首を傾げた。
「なあ、なんでそこでゾロってやつが出てくんだ?」
「え・・・・・・なんでって、お前」
「ナミさんにはMr.ブシドーが必要だ、って・・・・・・」
「え?」
 疑問符に疑問符が重なる。
「なんであいつが必要になるんだ?」
「だってトニー君さっき・・・・・・あ」
 あ、と言うなり口を覆って、まさかだって私そうだとてっきり・・・・・・とか一人合点がいってるビビに、ウソップがどういうことだ、と問うた。
「さっきの腹巻、って・・・・・・」
 ホットミルクに幸せそうに顔の緩んだチョッパーが言った。
「かっこ悪いなんていうより身体のが大事だ。腹巻と、あと毛糸の靴下もあったほうがいいな。身体冷すのは絶対良くないからな!」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「まさか一般論、てか・・・・・・?」
「そうよね・・・・・・特殊認識よね。慣れちゃってたんだわ私・・・・・・どうしよう」
 ビビとウソップは再び顔を見合わせて、思い切り深く頷きあった。
 嘘、もとい勘違いから出た真? それでもこれは気付かなかった振りに限る。
 小さなはずの問題は、最早取り返しのつかぬところまできていたので。
「いい? トニー君それ絶対サンジさんに言っちゃ駄目よ。ルフィにも、私たち以外の誰にも言っちゃ駄目よ?」
「?」
「もし言ったら、お前間違いなく食糧にされちまうからな?」
「・・・・・・・・・!!」
 こくりとチョッパーは頷いた。




 その後。

 滂沱の涙で戻ってきたサンジから、あからさまに逃げようとするチョッパー。
 既に食い千切られたハンカチの代わりを貸してやるビビ。
 雄雄しく見張り台に上るルフィとカルーと共に男部屋へ引き上げるウソップ。

 そんな光景が見られたけれど、問題の二人については追求すまい。






話は最後まで聞きましょう。


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