Happy Birthday!




 当然ながらそういうことに一番敏感なのはサンジだった。なにしろ元は客商売。身に染みついたサービス精神は、相手がたとえ普段がなりあい蹴りあう仲のゾロであっても、如何なく発揮されたのである。


「おいクソ剣士、今夜なんか食いたいもんあるか」
 朝食の席で脈絡もなくいきなり言いだすものだから、次の瞬間は大混乱だった。ウソップは飲みかけの茶を吹くわ、チョッパーは顔面に茶を吹かれるわ、ビビはフォークを落とすわ、カルーは喉を詰まらせるわ。当のゾロはと言えば、何事も聞かなかったかのように黙々と食事を続けようとしたが、残ったルフィとナミの顔を見てようやくその手を止めた。
「なんだ空耳かと思ったぜ・・・・・・なんて妙な顔してんだよ皆」
 妙な顔と言われて、ナミは容赦なくウソップの顔を指差したものである。ウソップはといえば、怒りのチョッパーの前足蹄をくらい、頬に桜吹雪であえなく撃沈。
「お前誕生日だろが。誕生日はうまいもんいっぱい食えるんだぞ」
 羨ましそうに言うルフィに、なんだとゾロは食事を再開した。
「今更だろ。毎日充分うまいもん食ってんじゃねえか」
 この予期せぬ強烈なカウンターパンチにさしものサンジもぐらりとよろめきかけたが、そこはラヴコック。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか・・・・・・今の台詞への礼も兼ねててめえなんぞの祝い膳用意してやろうってんだよ感謝しろクソ腹巻」
「そいつはありがとうよラヴコック」
 クソ腹巻。失礼な呼称にももう慣れたらしい。
「誕生日。そっか11日だわ。忘れてた」
「ナミお前薄情だなー」
「照れ隠しでしょナミさん?」
 拾ったフォークでビビはナミの膝を突付いた。あぶないわねえとナミは反対側へ逃げる・・・・・・ついでにゾロに引っ付く。
「そういうわけでMr.ブシドー、今日はわがまま言い放題の日よ?」
 妙に楽しそうなビビの様子にサンジはふと思う。ビビちゃんの人生にはわがまま言い放題なんてあり得なさそうだ。華やかなパーティーに綺麗なドレスに豪勢な宴はアリだったんだろう。だけどその宴を用意した国一番の料理長でも、俺の愛にはかなうまい。
「誕生日なんてもんが、そういやあったっけな・・・・・・まあたまには悪くねえな」
 悪ノリしかねないから止めなさいよと、ナミはビビを止めに入ったが、ルフィの大声がそれを遮った。
「船長命令だぞ! ゾロ! 何して欲しい!?」
 命令は違うだろ、と突っ込む役のはずのウソップが撃沈していた為、代役はカルーが無事務めた。しかし、
「クェェエ!?」
 羽でどつきポーズをしても、意味がわかったのがチョッパーだけなので虚しいのだった。


 ゾロの願いは実にささやかな物だった。
 曰く、
「ゆっくり寝かせろ」
 何時も寝てんじゃねえかと突っ込みが入ったが、眠りつつも警戒したり、叩き起こされたり、決して安眠できているわけではない、というのが本人の主張であった。
「そうだ、できたらそいつの腹貸してくれ。柔らかくって温くってちょうどいいんだ」
 この一言でカルーは枕に決定。
 寝てる間に治療してやる、とチョッパーは言った。しかしゾロはそれを却下した。
「よく寝ときゃこんなんなおる」
「じゃあ良く眠れるように見張っててやる」
 明日になったら治療だからな! 約束だからな! と、知らずキーワードを行使するチョッパーと、隣のナミとを思わず見比べるゾロである。
「んで食いたいもん? なんだっけか、俺が食い損ねたとかいう鼻のうまい・・・・・・」
「俺か!?(ガボーン)」
「いや違うって」
「あれだろ、エレファントホンマグロ」
「そうそれだ。でなかったらうまい酒と魚」
「それ俺が釣るぞ!」
「釣った端から食うんじゃねえぞ」
 こーんなでっかいの釣ってやるかんな! ルフィはゴムゴムで部屋の幅まで手を広げて、にししと笑った。最近釣りに凝っているらしい。極彩色の妙な魚を釣っては、サンジを唸らせている。
「それじゃあ俺は甲板掃除交代したんでいいな」
「私はお料理のお手伝いを・・・・・・」

 そそくさと席を立つ全員が、嘆きやら冷やかしやら激励やら、思い思いの表情でナミの肩を叩いていくもんだから、リアクションに困ったナミは仕方なく、ゾロのおでこをペチンと叩いてみたりした。


   ***


 女部屋の箪笥の引出しに、まるで不似合いな渋緑。毛糸玉11個でできるものに妙なこだわりを抱いた結果、こうなってしまった。細糸でぎっちり編んだ腹巻は、刀三振吊るせる程ではないが、そこそこ頑丈だ。
「ねえナミさん何時渡すの?」
 何時? 何時? どんなふうに? わくわくどきどききらきらといった様子で、無闇にときめいているビビに、ナミは苦笑した。
「あんたの時は手編みのネクタイ? 丸きり同じように冷やかしてあげるわ」
「あーそういういじわる言うし。いいですよ今晩見張りですもん。ナミさんは一人寂しくおやすみになって?」
「一人だかどうだかわかんないわよ?」
 きゃーさらにそういうこと言うし〜〜、とか首をぶんぶん振りつつ騒いでいるビビの方こそ。今夜の見張りはサンジのはずだ。
「ご期待に添えなくて残念だけど、今これから渡してくるわ」
「えー、夜じゃなくて?」
 ゆっくり振り向いたナミは噛んで含めるような微笑みが怖かった。
「・・・・・・冷やかすだけじゃ足りないわね! 実況中継付きでリポートしたげるわ!」
「きゃーそれはやめてー!」
 あられもなくつかみあいのじゃれあいで衣服が乱れ、貴重な時間ロスがなんと30分。
 女同士ってこれが楽しいのだ。


 ***


 後部甲板のみかん畑の真下。ゾロはカルーを枕に高鼾。正面ではチョッパーが薬箱片手に待機している。どうやら目が覚めた瞬間から治療を開始するつもりらしい。
 ナミは手に持った渋緑の腹巻を広げてみた。少し太い気がする。まあ洗えば平気だろう。そういうことにしておく。
「ゾロ」
 名を呼ばれても鼾は止まない。
「あんた私に何もねだらないのね」
 広げた腹巻を被ってゾロにも被せて、明らかなタヌキ寝入りの鼻をつまんで、
「ちょっとつまんないわ」
 キスをした。
「なんかして欲しいことないの?」
「・・・・・・ある」
 緑色の大型腹巻に隔てられた、小さな二人だけの空間ですら、ゾロは少し迷った挙句に、キスをし返した。
「・・・・・・ちょっとでいいから、ここにいろ」
「・・・・・・ちょっとなんて、そんなケチじゃないわよ私は?」


 外ではチョッパーがあいかわらず律儀に待っていた。
 ナミの用事が終わったら次に治療をしようと、待っていた。


 中ではサンジが潰れてた。
 今日だから許すんだ。他だったらただじゃおくもんか。
 それにしても、まったくもって、料理酒で自棄酒なんて呷るものじゃない。


 ***


 夕飯は素晴らしく豪華で、ゾロは洗濯したての綺麗な包帯にシャツを引っ掛け、機嫌よくナミに耳打ちした。
 今日中ならわがまま言いたい放題なんだろ? と。
 それを聞いたナミが、真っ赤な顔してゾロの足をぎりぎりと踏みつけたのも、当然周知の事実なのだった。






「中年になって腹が出たらサイズぴったりだな!」「それはイヤ!!」


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