反動




 視線を感じる。
 後頭部から首筋背中、緩やかで温度の低いそれに、害意は感じない。
 ただ執着だとか監視だとかそういった類の、つまりは獲物を狙う肉食の獣のような。
 溜息をつく。口を開きかけては閉じる。何を言っても無駄だという事は分かっている。
 小さな声で、確信犯で、名前を音にも聞こえぬくらいに呟かれて。
 理性の制御を振り切って、身体ごとその視線の方に振り返った。


「今朝からいったいどういうつもりだてめえは!!」
 ダイニングで静かに刀の手入れをしていたゾロが、突然キレた。
 背もたれ代わりにしていたウソップラボで、ウソップが驚きのあまり跳ね上がって、パン!とちいさな煙が立った。パパパパパン!!! 連鎖して弾けた爆竹もどきにルフィが踊る。
「危ねえだろうが! 食卓に火薬を持ち込むんじゃねえよ。おいクソ剣士お前もだ。刃物持ったまま凄んでんじゃねえ!」
 と、サンジが刺身包丁を片手に怒鳴った。
「間違ってるな」
 とチョッパー。
「気にしないのが一番よ」
 とビビ。
「何にもしてないわ。ただあんたを見てただけ」
 淡々とナミは言い返した。
「今朝から前から横から斜め後ろから背後からしつこくしつこくなんで俺ばっかりじろじろ見てる! なんかお前に恨まれるようなことしたか!?」
「恨みって言っちゃあ恨みかもしれないけど」
 ナミは帳面をめくり、書いてある数字を読み上げる。
「6万2千ベリー、酒代」
 うっ、とゾロは一瞬詰まったが、それとこれとは関係ねえ! と勢いを無理矢理取り戻した。
「あんたが何時も私にしてくれてるように、してみただけよ」
「俺がいつてめえを呪った!?」
「あら、呪いじゃないわ。むしろ愛よ」
「愛ィ!!?」
 がらがらと派手な音を立てて、ウソップラボが倒壊した。


「今日はあんたの誕生日・・・・・・だったはずよ既にカレンダーは意味をなさないし1日が24時間なのかもあやしいけれどもそれでも多分今日は11月11日のはずなのよ。そうなのよねルフィ?」
「んん! 俺がそう決めた!」
 あー最近パーティネタなかったから。とクルー全員が納得してしまう。当の本人のゾロでさえも。
「あんたみたいな刀ばかに何が一番嬉しいのかさっぱり分かんなかったから、私があんたにされて嬉しいと思ったことをそのまんま返してみたんだけど、駄目だったかしら?」
「だからいつ俺がてめえを呪ったよ!?」
 ゾロは頭を抱えてしまった。サンジは手早く朝ウソップが釣りあげたイカを捌きながら、ナミさんになら呪われてもいいvなどと、たわけたことを呟いている。
「始終。朝から晩まで。気がつくと常に。絶食直後みたいな視線が私を見てるわそれとも無自覚?」
 許せん野郎だと思わねえか? いや別に思わねえ。
 ずずずずず、とルフィとウソップ、サンジの煎れた粗茶を啜る。
「悪いが無自覚だ基本的には」
「応用的には?」
「挑みかかるのがてめえなら捻じ伏せてみたくなる」
 挑戦的な笑みを浮かべようとしたらしいゾロ。しかしナミの返す一言で撃沈した。
「私も同感よ。常々思ってたわ」
「思ってたのか・・・・・・」
 と、チョッパー。
「血を見るわね」
 と、ビビ。
「二人とも強えからなー」
「いや力ならゾロの勝ちだろ」
 ずずずずず、と二人。行儀が悪いとビビに頬をつねられる。
「捻じ伏せられて喰いつかれて目茶苦茶に愛されてみたいわ」
 ぶーと二人が茶を吹いた。
「・・・・・・てめえ表に出ろ」
「11月の屋外なんて寒いじゃないの」
「いいから出ろっ!!!」


 話が妙な方向に転び始めてしまった、とゾロはナミをダイニングから引きずり出した。
 船首付近まで強引に引っ張ってきて、正面に座らせ、説教の一つもしてやろうかと口を開きかけたら、出鼻をくじかれた。
「だってあんたは多分、私に押し倒されて喰いつかれて滅茶苦茶に愛されたいとは思わないでしょ?」 
「思わねえよ!!」
 どうなることかとダイニング前の手摺にぎゅうぎゅうに並んで、こちらを眺めているクルー達が思わず肩を竦めるほどの大声だった。
 ナミはちゃっかり耳を塞いでいた。
「キスくらいならしても大丈夫かとは思うんだけど、あんたは古風な男だから、攻め攻めな女は嫌いかと思って」
「今だかつてお前が攻め女じゃなかった瞬間があったか!?」
 いや、ない。
「ことこの種の問題に関しては限りなく慎ましく振舞ってきたわ」
「この数分間でぶち壊しにしたろ」
 ええ。ついにね。我慢できなくなった訳。
「だってあんたは何も言ってくれないし、あんたから欲しい言葉は8割増しでサンジ君の口から出てくるし、サンジ君は本気になったら何も言えやしない種類のひとだって知ってるもの、私」
 終った後の朦朧とした意識で愛してるなんて言われて、嬉しくて飛びついてキスしたくても出来ないでしょ。
 新しい服を選んでも髪留め変えても何も気付いてやいないでしょ。
 昼寝から目覚めるのを隣で待って夕陽が沈んで星が瞬いてサンジ君が御飯だって怒鳴っても起きてくれないし。
「夜風にさらされて風邪引きかけたらチョッパーに叱られたわ。あんたと私じゃ岩石と桃だって」
 いい例えじゃねえかとサンジがチョッパーに言う。
 だってナミのほっぺた桃みたいにふわふわだ。甘い匂いするし。チョッパーは幸せそうに呟く。
 サンジは最後まで言わさずにチョッパーをつねった。ずるいぞてめえ。何時触った? 何処で触った!?

 胸を張って、堂々と拗ねてみせるナミを前に、ゾロは口篭もる。
 本気になったら男なんて誰でも何も言えやしねえんだよ、とは言えず。
 自分の腕の中で安心しきっている様子を見るとたまらなくなって、翌朝自分の口を外して捨てたくなるようなことを口走ったことがある、とも言えず。
 基本的にナミは眼というか顔しか見ていないし、何か言おうとしたときにはコックに台詞を掻っ攫われてるんだ、とは勿論言えず。
 静かで落ち着いた時間が勿体無くて目覚めた時は引き伸ばし眠ってる時は実に安眠だ、とは口が裂けても言えず。
 結局黙りこくって口を曲げている、ゾロである。

「ところでナミさんさっきものすごいこと口走ってなかったか?」
「あ? 今さらだろ」
「俺のこの弾けんばかりの愛から概算5割5分引きにすると、あの野郎から欲しい言葉になるってか?」
「お前計算速いな。凄いなー」
「っていうか反応する場所が違えよ」
「・・・・・・そうね。ナミさんの寝顔、かわいいものね」
 ぎゅーってしたくなるような。襲いたくなるのも分かるわ〜。
 彼女は僕たちの知らないナミさんを知っているんだなあと思いました。by壊れサンジ
「おいサンジが止まってるぞ」
 やれやれ世話が焼けるぜとウソップが開いたままのサンジの口を、顎からがくんと閉めた。
「なーいつまで観察してんだ」
 チョッパーがルフィに問う。
「こうなったらいくとこいくまで見なきゃ損だわ」
 後学のために。とビビが付け加えたもんで、あんなのを参考にしちゃいけないと真剣に王女の恋路を案じてしまうサンジ。
「そうか、やっぱりやることやるまで観察しとかないとな!」
「やることヤるまで?」
「そう。いくとこイくまで」
 うんうんと頷きあった彼らの前に影が差す。
「いつの間にかギャラリーばっかり盛り上がってくれちゃってるわねえ。あたしも混ぜて頂戴?」

 チョッパーは、放物線を描いて飛んでいくコックと王女と狙撃手と船長を暫く眺めて、それから目の前のナミを見上げた。
「そっか。人間て逆なんだな」
「なにが?」
「普通動物は雌が雄を選ぶんだ。雄は雌に近付く他の雄を蹴散らして雌を手に入れる」
 だけど、人間の場合は、蹴散らすのは雌なんだな。
「チョッパー?」
「なんだナミ?」
 にこにことこちらを見上げてくるヒトトナカイを、首の皮掴んでぶらさげて。
「もう一つ教えてあげる。今のあんたたちみたいのをなんていうか知ってる?」
「知らない」
「出歯亀っていうのよ」
 海面めがけて緩やかなカーヴを描き落ちていくチョッパー。と思ったらサンジがレシーヴ。
「おれ亀に歯があるなんて知らなかった!」
「そうかいそりゃよかったな」 「ねえ早く上がらないと・・・っルフィさんが伸びて伸びて・・・・・・」
 弛緩して伸びきった船長の首を掴まえたビビが悲鳴を上げる。
「ああ・・・もう・・・・・・この首の感じは流石にキモチワルイ・・・」
 ううう、と口を抑えて、つまり手を放してしまったもんだから、沈みかけた船長。をウソップが引き摺り上げる。
「ビビちゃんにゃ悪いが今は上がれねえだろ・・・・・・」
「なんでだ?」
「なんぴとたりとも、ナミさんの邪魔はできねえからだよ」
「したいんじゃないの?」
「したくてもできないし、別にしなくてもいいのさ」
「今日ってMrブシドーの誕生日じゃなかったのかしら」
「これがどっちの誕生日だって状況は対して変わりゃしないよ」
 サンジはぺったりと張り付いた前髪を鬱陶しそうに(左側だけ)のけながら舌打ちをした。
「さっさとしてくれよクソ剣士。ビビちゃんが風邪引いちまうじゃねえか」

 欲しがるばかりじゃ物足りないの。
 でも欲しいのよそこのところ理解できる?
 じーっと穴が開くほど見つめられても、ゾロには居心地が悪いだけのこと。見透かされて困る心はなくても、見透かされて恥じ入る心は無きにしも非ず。
 大体何がどうしてこんな状況になってるのかといえば、ナミがいろいろ厄介なことを言ったりしたりしてくれて調子が狂うから云々。
「・・・・・・面倒くせえ」
 ぽつり、と呟いた。ナミは腰に手を当て、他に言い様は無いの? と問うた。そんなものあるものか。
「雨の日の野良猫じゃあるまいし。殊勝は似合わねえし。大体何がしたいもされたいも平たく言やあこういうことだろうが」
 首根っこを引っ掴んでお望みどおりに深々と接吻ぶちかましてやると、満足げな顔でなーごと鳴いた。
「お望みどおり何でも言ってやるさ」
 だからってせめて抱いていきなさいよ。脇掴まないでよくすぐったいわね本当の猫じゃあるまいし。
「うるせえ暴れんなおい引っかくな!!」
 口は食うと飲むで精一杯。だからこれが俺の流儀だ文句言うな?
「あんたが語る愛なら全身耳にしても足りないわ」
 俺が凄んで喜ぶのはてめえくらいだと嘆いたら、怒鳴るくらいでやっと聞き取れんのよ、と減らず口を叩く。
 それじゃあ特別に耳元で喚いてやるから覚悟しろと言ったらば。
「好きなだけ聞いてあげるからじゃんじゃん喚いてくれて結構よ。つまりプレゼントは愛! 高くつくわよ」
 プレゼントは普通無償だろうがよ。
「いいじゃない同じことなんだから。抱いて抱いて抱いて。ねえ?」


 お気に召すまま。


 誕生日後夜祭。要するに翌日。 「つまり反動を利用したんですね。怒りで投げやりにならないと、実は理性的で遠慮がちで紳士なMrブシドーのために」
「いや違うぜビビちゃん。さらにおまけがついてきたから見て御覧」
「? いつもとそんなに変わらねえぞ?」
「相変わらず一緒にいるし」
「眩暈がするほどいちゃついてくれてるぜ」
「ゾロが、な」
「・・・・・・あら、本当だわ。随分積極的に喧嘩を売って・・・・・・」
「スキンシップ過剰だろ。対してナミさんは冷め切っている」
 つまりあれだ。昨夜の反動。
「・・・・・・寒いな。冬島が近いのかな」
「違うだろ。それよか寒さ対策的にこっちでもいちゃついてみませんか・・・・・・って間に入るんじゃねえクソゴム!!」



 end.



「しかし本気で寒いぜ・・・・・・風邪引きそうだな。もう引いてるって? そりゃお大事に」
「風邪薬いるのか? 待ってろよく効くのがあるんだ!」
「あいつらにはいらねえよ。ありゃどんな医者にも治せねえからな」
「治せねえ、のか・・・・・・?」
 がぁん!
 いちゃついている二人を絶望的な面持ちで見つめるチョッパーを、抱きしめてふわふわだわ〜と御満悦なビビを、どうにかして引きはがそうと苦心しているルフィとサンジを、呆れ顔で眺めて肩を竦める、ウソップ。
 なに、嘆くことはねえだろチョッパー。治らねえってこと以外に困ることなんかないのさ。


 十一月月内、随時処方。気が向いたらご服用下さい。
 お大事に。








お医者様にも草津の湯にも


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