秋味
常夏みかん73:yuki様




 気が付いたら土曜の午後だった。

 今朝は珍しく早く目が冷めた。洗濯をしようと思ったら石鹸が切れていたので、万年床をそのままに駅前の商店街に買い物へ出て、ついでに少しばかりの食いもんと酒と干し芋を買った。
 随分傾くのが早くなった夕陽に眼を射られ、そういや先月からあいつに会ってねえなと一人言。ここまま訪ねようかと思ったがどこぞのクソコックと鉢合わせかねないと思い直して、部屋に帰ることにする。
 道場の裏手の二間しかない物置部屋。日当たりはいい。飯を食うにも鍛練の場にも事欠かず、秋は特に古い柿の木に一杯に実がなるのが気に入ってる。
 木犀の散ったのが垣根沿いに積もる中を行く。これも色は明るい橙。
 そんなこんなで秋は嫌いじゃない。
 で、遊歩道のベンチでうとうとして、気が付いたら土曜はもう午後だった。

 裏木戸を潜った辺りで微妙な違和感を感じた。正面から見ると古びちゃいるが立派な日本家屋なせいか、空き巣の類が時々入る。門下生がいりゃ格好の練習台になるだけだし、他の誰がいたって痛い目を見るのは空き巣の方だ。剣道道場に盗みに入る馬鹿が悪い。
 しかしどうやら妙な気配は裏手の物置小屋にあるらしかった。
 盗られる物など何もない部屋だがいい気分じゃない。師範一家は先週から田舎の寺にいったまま帰ってこない。面倒だったが母屋の勝手口から荷括り紐と竹刀を持ち出して裏に回った。ついでに買ってきた納豆と玉子と牛乳と長葱とコロッケを、全部いっしょくたに冷蔵庫につっこんだ。
 無造作に近寄る。中ではなにやら荷物を動かしている様子だ。あるものといえば刀だけ。ささやかな現金は手元にある。殆ど使ったことのない通帳と印鑑が万年床の床下に・・・・・・。
(・・・・・・あるじゃねえか盗まれそうなもん)
 人の気配はドアの直ぐ側に感じられた。ちょこまかと動き回っている。ぶつぶつ呟きながら。汚ねえだと余計なお世話だ。しっかしどっかで聞いたことある声・・・・・・?
 ふと思ったが面倒くさかったので。思い切り良くドアを開けたなり相手の脳天に振り下ろしたその竹刀。
「帰ってくるなり何しやがるこのクソ刀ボケ!!」
「てめえこそ人ん家に勝手に上がりこんで何してやがる!!」
 足でけり返しながら菊の花片手に喚き返したのは、会いたくなかったどこぞのクソコックだった。


 よくよく見てみれば表の物干しに万年床が干してある。そこに絡まって枯れたままの朝顔のつるを、ビビが剥がして捨てていた。それじゃああいつは何処にいるんだと思ったら、人の部屋の窓枠に腰掛けて茶なぞ呑気に啜っていた。
「これなんだかわかる?」
 ずいと突き出した手が何かを嫌そうにつまんでいる。
「何だこりゃ」
「キノコよ」
「食いもんはコックに渡しとけ」
「あんたの部屋の隅っこに生えてたの」
「腹壊すぞ」
「誰がこんなもん食うかっ!!」

 その菊の名を、「もってのほか」と言う。
 酢の物で食うと、かなりいける。
「この俺様が。クソ忙しい俺様が。朝から野郎の部屋でバルサン焚いてなんで酢の物なんか作ってんのかっつったら、分かるだろ?」
「そうか、ありがとう」
「いやいやどういたしまして。・・・・・・っじゃねえよ! 栗が届いたんで呼ばれたんだよ」
「誰が何処に」
「俺がナミさんに。栗御飯が食べたいわvって。そしたら優しいビビちゃんがてめえにもお裾分けなんて言い出したら! ナミさんがそう言えば柿が美味しいのよゾロんとこのとか言うから! なんでナミさんがてめえんとこの柿がうまいなんて知ってんだ」
「あー去年土産に持ってったからだろ?」
「そうなんですかナミさん」
「今年も貰ってっていい?」
「去年みたいに担いで送るのはご免だが」
「どっちなんですかナミさ〜ん」

 先刻母屋の台所に寄った時は気付かなかったのだが、言われてみれば確かに一升炊きのガス炊飯器からはいい匂いの湯気が立っていた。
 菊の酢の物。栗御飯。七輪を引っ張り出してさんまを焼く。てめえら一体何しに来やがったと聞いたら、御飯食べに来たのよとナミに返された。そりゃ見れば分かるが。
「なんでうちに来て食う」
「柿が食べたくなったからよ。秋刀魚焼くなら七輪だってサンジ君が譲らないし。全員食べられる一升炊きのお釜なんてあんたんとこにしかないし」
 大分ふくらんだ布団をばったばったと叩きながらナミが顔を顰めた。
「あんたこれ最後に干したの何時よ」
「こないだお前が干してくれたとき」
「・・・・・・・嘘でしょ信じらんない」
「干した後はよく眠れるんだがな。つい忘れるんだ」
「あんたにはマメなお嫁さんが必要だわね」
 思いがけぬことをナミが呟くので、どうしようかと一瞬真剣に悩みこんだら。
 いや、こいつは時々恐ろしく大雑把だがまあマメだろとか。
「サンジ君くらい気配りでマメで料理上手な」
 強烈な嫌がらせだった。
 悪寒がして震え上がったら、台所で鍋だかお玉だかをひっくり返す派手な騒音が聞こえてきた。同じく嫌な気配を感じたのだろう。
「あはははは!」
 腹を抱えて笑い転げているナミを、今度梅雨明け三ヶ月目の万年床に押し倒してやったらなんと言うだろうと、ふと考えた。
 悪い案じゃない。
「おいクソ剣士仕事だ! さっさと来やがれ! そしてオロせ!」
「ほら台所で呼んでるわよ」
「俺は使われんのは嫌いなんだが」
「あたしは大根おろしのない秋刀魚なんて嫌いよ?」

 栗御飯に秋刀魚に菊の酢の物。食い放題食い尽くし。
「柿が赤くなれば医者が青くなる。ってな」
 さらにざる一杯のを片っ端から剥きまくるサンジ。
「おまけに馬鹿は風邪ひかねえからな。だからてめえは健康バンザイ。良かったな」
「喧嘩売ってんのかてめえ」
「何百個って実るんでしょう?」
 ビビは珍しく仲裁に入らずに、柿を食いまくっている。いかにも嬉しそうに食べているのが、どこかで見たことがあると思ったら例の冒険家に似ているのだった。
 やいクソコック、余裕こいてる場合じゃねえぞ。あいつの影響力は巨大だから。
「門下生総がかりでも一週間以上もつからな。今年は特に豊作だし」
「全部甘柿?」
「そう。ただし時々渋いのが実るのが」
 やっとこ全部剥き終えて、実に嬉しそうな顔で大きい一個にかぶりついたサンジの顔色が豹変した。
「うっ・・・・・・!!」
「! サンジさん!?」
「一番東の日当たりのいい一本。運が悪かったんだな。諦めろクソコック」
「先に言っとけクソ野郎!!」
 秋刀魚の残りの骨を狙ってやってきたらしい、近所の野良猫がその声に驚いて飛び上がった。

 スーパーのビニール袋に甘柿を一杯に入れてサンジは帰っていった。創造意欲が刺激されるとかで。そのままかぶりつくのが一番うまいと自分は思うのだが。
 ビビの分も反対の手に下げて。小走りに後をついていくのは可愛らしいとは思う。振り返ると腰に手をやって自慢げなナミ。
「かわいいでしょ」
「まあ、そうだな」
「あたしのよ」
「お前のなのか?」
「今のところはね」
 ところでゾロやっぱり重くて持てないから送ってちょうだい。なんていけしゃあしゃあと言いやがる。
 日はとっくに暮れている。どこかで子供の泣くような声。唸るというか。
「やあねえこの辺野良猫多すぎない?」
「確実に増えてるな」
「夜気味悪くない?」
「気にならない」
「そうねーどうせ爆睡でしょうし。今日は布団まで干してあげたし」
「干した布団は、いい」
 ついでに明日は日曜日だ。門下生は午後には来るかもしれないが、師範一家は田舎の寺に行ったまま帰ってこないし、先月からこいつに会ってない。
 柿や木犀や夕焼けに眼を射られるような秋も悪くないが。
「感謝なさい」
「ああ。ありがとう。ありがとうついでに泊まってけ」
「・・・・・・随分と図々しくなったもんだわ。猫じゃあるまいし」

 秋の夜長なら、尚更。






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