九月某日の帰り道
「オシロイバナの落下傘って知ってる?」
川っぷちの金網越しにいっぱい咲いてる赤や黄色のその花の一つを取って、脈絡も無くナミは話し出す。
アパートから駅へ。両側の膝くらいの高さに茂った花の間を歩く道すがら。
夕焼け頃に帰るのはある種のけじめだとゾロは考えている。実際ナミはビビと二人で2LDKをシェアしているわけで、そう遅くまで居座ったりするわけにはいかないのだ。
「この根元のところにある玉っころをね、切れないよにそーっと引いてやって、高いところから落っことすの。花がくるくる回りながら落ちてってかわいいのよ。昔ノジコとよく遊んだわ」
「・・・・・・女の遊びだろ? 俺が知るかよ」
「じゃあなんでオシロイバナっていうのか知ってる?」
「知らねえ」
「ちゃんと黒くなった種を割るとね、中に白い粉が入ってるわけ。それが白粉みたいだから、オシロイバナ」
「・・・・・・へぇ」
花の名前なんか知るわけも無く、ただナミが楽しそうに話しているから、なんとなく聞いているゾロだ。
「雑草だろ」
「まあね。でも花がかわいいじゃない。種蒔くと翌年はぼうぼうに茂るわよ」
「好きなのか?」
「うん。なんか懐かしい気がする」
花を摘んでは落下傘にして落とすから、来た道に転々と足跡めいて落ちる小さな花。
のろのろと、時間を引き延ばすように歩く帰り道。
帰ると立ち上がったら、買い物があるから一緒に行くわとナミも立ち上がった。ビビは学会の手伝いだとかで遅くなるらしい。
「あ、そういえばね、一昨日下の階に空き巣入ったらしいのよ。真昼間に。大した被害にはならなかったらしいんだけど、やっぱり気味悪いわよね」
警察曰く、そういうのって二度三度繰り返して来るんだって。パトロールは強化するって言ってたけど、効果があるとも思えないのよねー。
「お前ら二人とも強いから空き巣なんて目じゃねえだろ」
「・・・・・・そりゃそうだけど」
やっぱり一応恐いのよ。
ぶうとナミはふくれて、持っていた花をぽいと放り投げた。
花は上手い具合に水面に落ちて、そのままゆっくり流れていった。
・・・・・・拗ねているらしい。いや、そういう振りをしているだけかもしれないが。
ゾロは分が悪いと見て話題を切り替える。
片手でぶちぶち目に付いたやつを千切りながら。
「そういや買い物ってなんだ?」
「・・・・・・知りたい?」
いいえ知らなくていいです。そう即答したくなるような声音でナミが問う。
話題切り替えに失敗。いいえのいの字も言わぬ前に、ナミがにっこりと笑った。
しまったと思ったが遅かった。
「お米におしょうゆにトイレットペーパー。ミネラルウォーターが安売り中だし洗剤もそう言えば切らしてたわ。漂白剤もそろそろ買わなくちゃ。あと砂糖と玉子が98円お一人様一つ限定!」
びしっ、と指を突きつけられてやや仰け反り気味なゾロ。
「・・・・・・重いもんばっかだな」
「そうよ。私の細腕でどこまで耐え切れるかしら」
「・・・・・・・・・・・・」
ああそれですぐさま付いて来たわけ・・・・・・とこっそり嘆息するゾロ。
「分かった・・・・・・階段とこまで運んでやるから」
「家まで運んでくれるんじゃないの? 二度帰り道じゃ損よ」
細腕をアピールしながらナミはますます笑顔だ。
「ビビが帰ってきてるだろ。あいつ自分家なのに遠慮顔するからな。流石に悪い気がする」
「それなら大丈夫よ。だって学会って京都だもの。帰るのは明日の夜だって」
あっさりとナミは言い切った。
・・・・・・なんですと。
大変よねー、教授のお手伝いですって。昨日の朝行ったんだけど、ビビが出てって5分後に警察でしょ。滅茶苦茶ついてないわよ。おかげで昨夜はバリケードよ。箪笥と下駄箱動かして、ベルトラップ仕掛けて動いたら鳴るようにして・・・・・・。
流暢に喋りながら袖の端を掴んでくるのを、もう何も言う気がしないまま握り返してもう一度嘆息した。
「・・・・・・わかった。どうなっても知らねえが空き巣よりゃマシだろ」
「ビール1ダースで手を打つわ」
「おいそりゃ俺が買うのか!?」
いーじゃないのよケチとナミが笑った。
「月見でもしながら飲もうじゃない」
「おい、手ぇ出せ」
買い物メモを渡された商店街の入り口で、恥ずかしいというのに手は相変わらずつないだままで、お返しに反対側の手に握ってたものをナミの手のひらに落とす。
千切ったままの黒い種。オシロイバナの。
「代わりに持ってろ」
ナミは驚いたように少し目を大きくして、それから手を放して、大事そうにハンカチに包んでポケットにしまった。
「帰りに蒔いてく? それとも植木鉢に植えようかな」
どっちでも好きにしろと言ったら、「わかった好きにする」と言って、放した手をもう一度繋ぎ直した。
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