5月5日再会






 共同生活やめにしとこうかと提案したら、ビビはどうしてと聞いた。答えるより先にサンジ君が反対した。
 経済性とか引越しは大変だとか防犯の都合だとか、もっともらしい理由を並べて、後からこっそり耳打ちしてきた。
『一人暮らしなんていったら俺歯止め効かなくなっちゃいますし』
 別にそれでもいいんじゃないのと思ったけれど、言わなかった。
 サンジ君が反対しだした時、ビビが苦笑して宥める前のほんの一瞬、見上げた表情がすでに全部を物語っている気がしたから。
『まあこれは私が言い出すことじゃなかったわ』
 ビビの部屋はいつもきちんと片付いていていつでも何処にでも行ってしまえるのだから。
 サンジ君、答えは見えてるんでしょうね?


 今年はナミに言われる前に全部仕度を済ませた。そしてナミに笑われた。
「いいけどね別に! 先月会ったばかりじゃないの。そんなに会いたい会いたいって、サンジ君が泣くわよ?」
「別にそんなんじゃないですってば」
 先月桜前線を追ってきた二人と、井の頭公園でピクニックをした。満開になる少し前の平日の昼間、講義を初めて放り投げてピクニックをした。
『桜観ながら食うから桜もちだろ? 違うのか?』
 そういうわけで、和菓子は専門外だとごねるサンジも引きずり込んで、タッパー一杯の桜もちと稲荷寿司で、ピクニック。
 もう一ヶ月経ったなんて。なんて時間は早くて遅いのか。
「Tシャツに巻スカートにサンダルね。悪かないわ。スパッツくらい穿いていけば?」
「この間Mrブシドーになんて言われたか忘れたんですか?」
「・・・…あーそういえばねえ」
 あの日買物から帰ってきたナミは、ただ今も言わぬうちにビビの前でスカートをたくし上げて問うた。
『ビビ! これは何!?』
『・・・・・・・・・スパッツじゃないんですか?』
『そうでしょう!? それをあのバカこともあろうにモモヒキ呼ばわりしやがったのよ!』
 一体なんでスパッツなんかが話題になったのか。それも多少疑問なのだけれど。
「あれ以来見るたびに頭の中にモモヒキがちらついて・・・男の人にとってはそうなのかしら」
「それはないわよ。少なくともサンジ君ならね。ルフィはわからないけど」
 着ようかなどうしようかしら。迷っているビビにわざとらしく声を潜めてナミは言う。
「着ないほうがサンジ君は喜ぶと思うんだけどなー」
 そんな別に隠したいわけでも見せたいわけでもむしろ喜ばせたいわけなんか言語道断!
 ビビは混乱して部屋に駆け戻り、洋服箪笥のなかを引っ掻き回しはじめた。
 別にいーじゃないのとナミは笑う。私もスパッツなしの方が好きよビビ足綺麗だもん。どんどんお見せなさい?
「ナミさーん・・・・・・」
 自棄のように引っ張り出した服の真ん中にへたり込んで、ビビは情けない声をあげた。
 5月4日の朝10時。


 それで昼頃にサンジがやってきた。途中で拾ってきたゾロと共に。
「おおワンピースだvv」
 大きなバッグを抱えて階段を下りてきたビビに手を差し伸べて、
「よくお似合いで。やっぱり俺の見立てに狂いはないでしょ?」
「あらサンジ君からプレゼントだなんて聞いてないわよ?」
 ナミはジーンズにジャケットで。小振りのスポーツバッグをゾロに放り投げて寄越す。
「こないだ一緒に買物に行ってね。買うか買わないか売り場三周したんだよ」
 ほんとによく似合ってますよ、とサンジが手を伸ばす。と思ったらカーディガンの糸くずを取っただけだった。
「ビビちゃんは俺の後ろに乗って? ナミさんの荷物はトランクで大丈夫ですよね? 俺のが入ってるけど、そのくらいならスペース開いてたと思うよ」
 トランクには小振りのトランクが一つ入っていた。
「明日の午後便で発つんでね。直行しちゃうつもりなんだ」
「コンクールだっけ? フランス?」
「そう。パリじゃなくて南の方だけど」
「お土産期待してるわ」
「フランス男でいい? 俺の眼に適うようなのがいればだけど」
「できれば大富豪でハンサムなのがいいわ」
「了解。それまでそこのクソ剣士で我慢しててよ」
 後部座席に乗り込んでシートベルトを絞めていると、サンジが黒いハードケースを差し出した。
「前には置けないから持っててくれないか? ビビちゃん」
「何それ? お弁当、じゃないわよね」
「弁当はこっち。ナミさん持っててくれる?」
「いいわよ。あら素敵なバスケット」
「店で使ってる問屋から貰ったんだ。輸入したら使ってくれるか、って。どう思う?」
「いいと思うわ。テイクアウトでも始めるの?」
「いや、お得意様限定でランチボックスの予約をね」
 今日はコールドタンとツナのサンドイッチ、それにサラダ前菜の類と固ゆで卵にトマトにオレンジ。後で食べよう。
「今食べちゃいたいくらいだわ。つまみ食いしちゃおっと」

 ナミはオレンジに手を伸ばした。


「葉っぱまで食うのが常識!」
「葉っぱ食うのは桜もちだろ。柏餅は食わねえだろ普通」
「じゃあなんで張り付いてんだ?」
「じゃあお前はおにぎり包んでる笹の葉まで食うのか? ルフィ」
「それはー食わねえかもしれない」
「だろ? 香りの問題なんだよ」
 海岸が目の前なので、足元は砂っぽい。潮の香りはそれほど強くない。
 ただ暖められた砂の、海のにおいが身体全体に押し迫ってくる。
 外に引っ張り出してきたベンチで、膝の上にはお盆。近所の和菓子屋のばあちゃんお手製の柏餅はつぶあんとこしあんとみそ。はみ出そうなくらいに詰まっているのが嬉しい。
「あいつらまだ来ねえのか? またどっか違うとこ着いてたりしてんのかな」
「方向音痴はゾロだけだろ?」
「一応な。だけど一緒にいると伝染っちまうんだ」
「何ー!そしたら俺もウソツキ伝染っちまうのか?」
「お前はすでに十二分にウソっぽいだろ」
「・・・・・・・・・」
「おいルフィ? 何顔青くなってん・・・・・・うわー!マキノさん水!お茶!詰まった!」
 あらあらまあまあなんて言いながら、マキノがコップを持ってきた。ウソップは慌ててそれを受け取って。
「ぎゃー間違えて俺が飲んでどうするよー!!」
「んー!んー!むー!!んむっ!?」
「何やってんだてめえら」
 ものぐさな足の裏で蹴り倒されて、ルフィが砂に転がる。
「何すんだサンジ!!」
「取れたか? 餅は」
「ん? おお取れた。ありがとう」
「マキノさんお久しぶりですv」
 にこやかに手を差し出したサンジに、マキノの後ろから手が二本。ややぎこちない左手は彼女の肩を引き寄せ、頑丈な右手がサンジの逃げる手を掴まえてぶんぶんと握手を。
「あら船長さん」
「ようこそチビナス君久しぶり」
「あんたこそ元気そうで何より」
 青筋が立つほどぎゅうぎゅうと握り合った両者の手を、みしみしと片手で引き剥がしながらゾロが会釈をする。
「久しぶり」
 ビニール袋を差し出した。
「あら何? お土産?」
「また竹の子寿司が食いたい、です」
「なんだお前ら泥だらけだな」
「掘りはじめたら止まんないんだもの。ビビなんてワンピースにサンダルだってのに。ねえビビ?」
「だって見つけると嬉しくなっちゃうんですもの。美味しいし」
「竹の子だ! 掘ってきたのか? 道に迷ってたんじゃなかったんだな」
「誰が道に迷ったって?」
「御飯食べようと休憩した場所でね。うっかり竹林に気付いてしまい、この有様よ」
「うまそうだな!」
「ねー美味しそうでしょう!」
 ああ駄目だわ食いしん坊が伝染ってる。感染力が強すぎるのよ。ゾロあんたもそんなに竹の子が好きだとは知らなかったわ。
「皮むかないで焼いたのに、木の芽味噌つけて食うのも旨い」
「一杯やりたいとこだな?」
「ああ」
「焼き竹の子に木の芽味噌か・・・・・・野趣があって悪くないな」
 どうしてこいつらってのはこんなにこう・・・・・・。
「・・・・・・・・・ビビか?」
 砂の上に座り込んで、見上げたルフィがふと問うた。
「え? ええルフィさん久しぶり」
「ビビだな?」
 ビビはしゃがみ込んで正面から笑い返した。
「ええ! 一ヶ月ぶりね、ルフィさん」
「ビビだ!」
 他の誰が止める暇もなし。ルフィは思い切りビビに抱きついて勢い余って後ろにひっくり返り、後頭部をしたたかベンチにぶつけた。それでもビビの両手をがっちり握ったまま、その身体を抱え込んだまま、空色と彼が呼ぶ髪に顔を寄せて嬉しそうに呟いた。
「一ヶ月でも一日でも、とんでもなく会いたかったんだぞ、俺は」


 日が沈む頃から、段々古いなじみが集まって、その晩は恒例の大騒ぎだった。
 主役が居たのでテーブルは4っつ。リクエストどおりの竹の子寿司とまぐろのちらし。根三つ葉のおひたしやら天ぷらやら空豆やら。
 夜にもなればまだ涼しいのに、バーベキューの竃を組んで煙がもうもう、肉がじゅうじゅう。隅の方で皮に包んだ竹の穂が焼かれ、それをゾロとシャンクスとベンが取り合う。
 露地物のイチゴが甘ーいと嬉しそうなビビ。
 完璧な味噌汁に感激するウソップ。
 ルフィはひたすら肉魚肉魚。
 野菜も食っとけとサンジがピーマンアスパラを押し付ける。
「ねえマキノさん、あいつおやつに確か柏餅山と食べてなかった?」
「そうねえ、味噌3つにつぶあん2つ、こし3つ、かしら」
 にこやかに笑ってる場合なのかしらとかナミは思う。けれど。
「ああうまい! いいなやっぱりこうでないとな! 俺楽しいし嬉しいし!」
 なんて見るからに幸せそうな食いしん坊、万歳。


 その晩は騒いだまんま雑魚寝した。
 最後まで飲んでいたナミと途中で飲むのを止めたゾロ、ソファに丸くなったナミの、喉をくすぐると猫のように喉を鳴らした。
 大人たちが場所を変えて、マキノが毛布を持ってきて、それをゾロが受け取った頃には皆潰れていた。
 ラグの上でビビを真ん中に川の字を作るサンジとルフィ。いいのかよこいつらと苦笑して、絡められた彼らの指先に気付く。
「うそ寝してんなよ、クソコック」
「・・・・・・・やっぱバレる?」
 サンジは長々と横になったままで自分の指が届くギリギリの、ビビの横顔を眺める。心底いとおしそうに見るので、見ているほうは恥ずかしいのを通り越して、しみじみとしてくる。
「ルフィもだ。反対側の、こっちはお手てつないで熟睡中」
「はは。ありゃ天然だからなー。勝てそうにもねえよなー」
「らしくねえなクソコック。ラブコックの異名が泣くぜ?」
「・・・・・・だって普段はさ、あいつはいなくて俺は側に居てたけどよ。それでもこんなにストーレートに『側に居る』を貪り尽くすような、そんな居方は出来ねえんだよ」
「・・・・・・・・・」
「俺明日から外国行っちまうの。たった二週間弱。なのに恐くてしかたがねんだなこれが」
 再会したとき、どんな顔して会えばいいんだろ? あんなふうに会えねえだろ。
「あそこまでてめえがやったら、俺はてめえの気が狂ったと思うぞ」
「例えの問題だろ。やらねえよ。やらねえが」
 ゾロは立っているので三人が見える。サンジはほんの指先だけ絡めている。ルフィはビビの指二本握りこんで、離そうとしない。自分はどうだろうとふと考える。側に居るなら。どんなふうに。
「・・・・・・毛布、かけてやれ」
「ああ、サンキュな」


 眼を覚ますと薄明るい窓の外。起き上がろうとして握られた両の手に気付いた。
 指が重なっただけのサンジの手は簡単に滑り落ちた。自由になった方の手で、握られたルフィの指を一本ずつ解いた。
 窓の外は白みはじめた水平線まで見渡せて、ビビは湿った手を指を撫ぜながら、しばらくぼんやりと考え込んでいた。
 気配で目を覚ましたサンジが、ウソ寝のままで、その背をじっと見つめていることには気付かなかった。


 昼過ぎの便で発つというので、サンジは早々に席を立った。
 鯉幟は揚げるだけ揚げて。もうちょっとゆっくりしてけばいいのに、と残念がるマキノに、飛行機に乗り遅れちまいます、と笑い返した。
 二人には共通項が一つある。
 うまそうに食べるルフィに、いくらでもうまいもん食わせてやりたいという料理人の愛。
 シャンクスが警戒しているのは、もっぱらそれ以上への発展への横芽なのだったりする。
「送っていってもいいけど、どうします? もうすこし後でってんなら、車貸してもいいし」
「違うでしょ? 見送られるのはサンジ君あなたでしょ?」
 成田のカウンター前なんかじゃ雰囲気に浸りすぎるから(それに遠すぎるから)箱崎のターミナルで。慌ただしく荷物を積み込んで、店の前に見送りに出てきたマキノ達に礼など言い。激励などされ。
「そういえばあいつらはどうしたんだ?」
 誰ともなしにサンジが呟く頃、喧しく怒鳴りあいながら二人は現れた。
「なんでてめえはそう唐突に何でも決めたがるんだ!」
「だってへんしゅーちょうもいいって言ったんだろ!」
「そりゃ取材許可は出たさ。だけどもも少しゆっくりしてたいじゃねえか!」
「だけど一緒でないと目的地にたどり着くの多分無理だぞ!」
「開きなおんじゃねえ! あーあカヤにもまだ会ってねえのに」
「先週会ったじゃねえか」
「毎日でも会いてえよ! 悪いか!」
 バックパックに麦藁帽子、万全の旅立ち姿。いつもより少しばかり小奇麗なのは。
「だってフランスなんてなんだかお洒落な国っぽくないか?」
「てめえらも来んのかよ!!」
「おお!行くとも!」
「行くともじゃねえよ!!」
 ルフィは向き直っていきなりビビの両手を握る。
「フランス行くことにしたんだ。今朝考えて。フランス料理ってうまいんだろ。うまいもん食うの好きだし、俺だけこっちいたら突っ走りそうだし、それにサンジに見張りいたほうがいいだろ?」
「見張りって何の見張りだよ・・・・・・」
「こいつがお前に良くないと思ったら容赦なく俺が攫ってけるし」
 だから俺も行くんだ、とルフィは笑う。なんてずるいやつだとサンジは思う。全てのことを悉く味方につけて、自分の進むエネルギーにしてしまって。こんなインパクトで約束を取り付けられたら、自分はこれ以上何が言えるだろう。
「チケットは?」
「取った。パソコンで調べて電話一本。便利だな」
「取らされたのは俺だよ」
「違う便かもしれねえぞ?」
「午後一時台のパリ行きは一便しかねえもーん」
 象に踏み潰されたような声でサンジが呻いた。
「それにな、一回お前にお見送りってのされてみたかったんだ」
 声を潜めて何か特別なことでも企むようにルフィは言った。ビビも、いいわよ、と同じ様な声で答えた。


「セダンに6人は自殺行為だ!」
「荷物も三つなんだし!」
「っていうかてめえら降りろ!」
「やだ!!!」
 助手席のウソップはバックパックに埋もれたまま悲鳴をあげる。当然座席は限界まで前に詰めて。後部ではゾロの膝にナミが座りビビを挟んでドアに押し詰め状態のルフィ。
 カーブに来る度悲鳴と歓声。何故か外にも怒号。
 一体何をどうやったのか判らない。その短いドライブは悪夢のようで、運転をしながらサンジは二回くらいもう死ぬと思った。華奢な車でなくて通常5人乗の大型だったからできた離れ業だ。けれどできればもう二度とやりたくない。
 ぎゅうぎゅうになりながらも、ビビは例の黒いケースを手放さなかった。ナミには段々その中身がわかり始めていた。
 これがあなたの出した答えってこと? それはあまりにも曖昧すぎはしないかしら? 例えどれほどの意味がそこに込められていても、ビビがなにを望んでいるかなんて、誰にもわかりっこないのに。


「窓側がいい!」
 窓口で嬉しそうにリクエストするルフィにサンジが顔を顰めた。
「お前本当に旅馴れてんのか? 普通飛行機は通路側だろ。便利だし楽だし乗務員の皆様は美しいし」
「甘いぞサンジ。座席は跨げばいいんだ。飛行機って言ったら雲海だろ? シベリアの大河だろ? あれ見なきゃ直行便の価値なんて半減するだろ」
「そんなもんかねえ」
「で、できれば前は壁がいい!」
「ああそれは言えてる。だけど壁だと映画見れないぜ?」
「そうそこなんだよ問題は」
 手続きを待ちながら無駄に話す三人。預かった車のキーを弄びながら、ナミはビビの様子を伺う。自分のバッグを肩にかけ、両手でサンジの鞄を抱えている。あちこち気になるらしくきょろきょろとしながら。
「15分で連絡バスが出るから」
 大股に戻ってきたサンジが、ビビに手を差し伸べた。ビビは抱えていたケースを差し出す。けれどサンジはケースを受け取らなかった。ビビの腕を掴んで真剣な顔をして言った。
「来る?」
「・・・・・・パスポートなんて持ってきてません」
「・・・・・・解ってる。冗談だよ。ケースを有難う。中に何が入ってるかわかった? 実は危険物だったんだよ?」
「包丁でしょう?」
 嬉しそうにサンジは頷いた。
「コックの魂さ。きっちり包んで機内用に鍵もつけてある。だけどビビちゃんにはこれ以上ないくらいの危険物だ」
 ビビは顔を伏せたままサンジの言葉一つ一つに頷いて見せた。
「昨夜も、今朝も、考えてたんです。私は預かるべきか、返すべきか。ずっと」
「答えは出た?」
「ええ。私は誰かを繋ぎとめる杭には、なりたくないの」
 お返しします、サンジさんの大切な物だから。伏せていた顔を上げた、ビビは毅然としてそれでいて柔らかで、こんなに綺麗な子だったかしらとナミがうっかり驚いてしまうほど、何かに満ちた顔をしていた。
「ビビ、お見送りってそんな真剣に決心するようなモンなのか? 俺はお前が笑ってるのがいいのに」
 成り行きを見つめていたルフィがぽつりと呟いた。あと何分?
「いいえ・・・・・・違うわ。勿論無事で、とかいろいろ心配なことはあるけれど。ねえルフィさん、今度会える時はどんな話をできるかしら?」
「ん。俺が旨かったり好きだったり、お前に持って帰りたいと思ったもんとか、見せたいもんとか、そういう話しか出来ねえなあ。そう言えば」
「私がそれをどれだけ楽しみにしてるかわかる? ルフィさん」
「俺がそれ話すの楽しみにしてるのと同じくらい、だろ?」
「ええ」
 そこで今度こそビビは笑うことが出来た。心の底から掛け値なしの笑顔で。
「また果てしなく世界中を駆け巡るの?」
「サンジにくっついてりゃ今月中?には帰れんのかな? だけどそれじゃ短い気もするし。いろんなもん見て食って聞いて感じて。どれだけそこで生きたって、足りたもう十分だなんて思えないんだ。多分。もっともっとっていつも思ってる」
「それでもまた会いましょう? それでまた話を聞かせて?」
「ああ」
 両手を繋いで正面から見詰め合う。我慢できなくなったようにルフィがビビを抱きしめた。サンジは他所を向いていた。ナミに預ける車の鍵のことを話していた。ナミはといえばむしろ、もどかしくてたまらなくて、目の前のサンジの頬を一発張りたくなって、手がうずうずするほどで。
「また会いましょう? 約束」
「約束。絶対だからな!」
 それで手を放して、時間切れで、三人はその場を離れかけた。ウソップはルフィをひきずりながら手を振って。ルフィは後ろを見ながら嬉しそうに笑いながらまたなと手を振る。サンジは一番最後に境界を行き過ぎ、振り返って手を一回振った。
 ビビは声をあげて叫んだ。周りにはそうは人がいなかったし、そんなことはどうでもよかった。
「ルフィさんまたね! 来年の5月なんて待てないから! 約束、ね! ウソップさんもきをつけて!」
 おお約束だ! と倍以上大きな声で返事が返る。ウソップとルフィはエスカレーターに乗った。じき、見えなくなる。
 一度息を吸い込んで、
「サンジさんも気をつけてね! 頑張ってね! それで、無事に早めに帰ってきてね!?」
 エスカレーターに乗りかけていたサンジが驚いたように一瞬立ち止まった。それで様にならないほど顔を歪ませて笑って、一度頷いた。エスカレーターが進み、その顔が見えなくなって、それでもビビは自分の片腕を反対の手で強く握り締めたままだった。
「・・・・・・帰りましょう?」
 振り返った様子は至極普通で、ナミは危うく何もかも気付かなかったような気分になりかけた。
「・・・・・・旅の無事でも祈願しとく? 水天宮なら近くにあるわよ」
 ビビの肩を軽く叩き、重いバックを奪い取ってゾロに押し付け、ナミは努めて気軽な声で提案などしてみる。
「交通安全とかの神様なの?」
「ううん。安産祈願。でもまあ別に構わないでしょ」
「・・・・・・安産祈願?」
 ゾロが胡乱に反復した。
「そっちはそのうちね。それで帰りにおせんべでも買って帰りましょ。美味しいとこあるって前にどっかで聞いたわ」
 ゾロおせんべすきでしょ? ビビは金平糖好きでしょ? さあ行くわよお菓子屋と水天宮。
 ナミはのしのしと歩きながら考えた。
 台所とか水周りの設備分家賃が上がるのもなんだし、ここはいっそそれぞれまとまった方が経済的なのかしら、どうなのかしら。


 離陸してしばらくしたら飲み物のサービスがあった。これで映画の一本も見て機内食で、そのあとはひたすら寝ろと。しかも映画はアクション男優が売りの新作で、面白いには違いないが素敵なレディは期待できそうにない。
 窓にかじりついているルフィを尻目に、ウソップはノートを取り出して早速何か書き付けはじめた。手持ち無沙汰なサンジはなんともなしにそれを覗き込む。と、ぼそぼそとウソップが喋りはじめた。
「ルフィはな、こいつは恐いぞ? 何しろ諦めるって事を知らないし、我慢するってこともしない。欲しいものがあれば、何もかも蹴散らして手に入れようとする。実際手に入れてきた。それが物でも、場所でも、人でも」
「手に入れられないもんだって有るだろう? 特に場所とかは」
「自分がそこに行って、見て、ここは自分の場所だって思ったら、もうそれはあいつのもんなんだ。誰からも奪いはしないけど、『誰のものでもない場所』は『あいつの場所』になる。そうやって世界中の何もかもを両腕に抱え込んで、それでも満足しきらない子供みたいなもんさ」
「お前はどうなんだよ?」
「おれはおれの思ったことと、おれに見えたことと、おれが貰ったものを忘れないように書いておいてるだけだ。手に入らない真実だって時にはある」
「芸術系の言う事はやっぱりなんか違うな。内容は俺にもよくよくわかりそうな雰囲気なんだが」
 柔らかい丸い線を幾つか重ねて、そこに少しずつ何か足していく。絵を描きはじめたようだ。人か?
「さっきの聞いてたろ?」
「ビビちゃんの言葉?」
「例えばああいう、境界線の曖昧な心からの言葉。お前ならどう受け取った?」
「ルフィには約束だと。また会おう、そして話そう・・・・・・」
「お前にはなんて言ってた?」
「早く帰って来い、と・・・・・・なあウソップ、ビビちゃんは来ないって言ったさ。勿論俺は無理だなんてこと重々わかってた。だけど」
「要するにサンジお前はビビの所に帰り、ルフィは何度でもビビと出会う。そういうこと」
「・・・・・・これは答えを選んだってことなのか?」
「さあな。だけどカヤは俺が会う度に、お帰りなさいっつって迎えてくれて、いってらっしゃいって手を振ってくれるんだ。あいつは言った。俺は何処にでも行けて俺は自由だ。行かないでとは言わない。だけど、帰ってきてね。そして話を聞かせて? ってな」
 サンジはまじまじとウソップを見つめた。それからおもむろに深々と頭を下げた。
「俺、お前のことずっとただのウソツキだと思ってた。悪かった」
「いやそれほどでもあるかもしれないが。・・・・・・ただちょっとお前よりしみじみ生きてるだけさ」
「・・・・・・ルフィ? どうせ聞いてんだろ? お前はどうする?」
「・・・・・・ひでーかもしれねえと、ちょっとだけ思ってる」
 だってさ俺の誕生日だぞ今日。なのになー。
「だけど全然状況は変わってねえとも思ってる」
「どういう意味だ?」
 ルフィは窓から離れてこちらに向き直った。不遜な表情だ。自信満々、何も疑う余地もない、確信に満ちた顔。いわゆるこれがルフィだという顔。
「俺はいつだってビビのことが大好きで、あいつも俺を大好きで、幾らお前があいつの側で捕まえようとしてたって、あいつは自由で俺はあいつを何処にだって連れて行ける。もしビビが望むなら何処にだって何時だって何度だって。そう、何度だって俺たちは会って、そのたびに俺はあいつが好きなんだ。絶対の約束をもう手に入れてんだからな、俺は」
 だからサンジ、喜びに浸んのは早すぎるぞ。俺は今実は嬉しくて仕方ないんだ。
「・・・・・・ま結局、彼女は素敵で聡明だってことだな・・・・・・俺にとってはカヤ以上に愛をこめて描きたいひとなんていないんだけどな」
 じゃーん完成、と見せつけた、鉛筆書きのビビの横顔のラフ。サンジは脳天を殴られたような気分になった。だってこれは、今朝朝日が昇る前、随分前のことのように感じられるあの朝に外を見つめていた、そのままのビビの顔じゃないか。
「それ俺が一番好きなビビの顔だ! 滅多に見れないんだ! くれウソップ! 欲しい!」
 ルフィが騒ぐ。
「ウソップ、お前この表情何時見たんだ!?」
「なんだサンジ気がつかなかったのか?」
 お前に包丁返す時のビビが、正にこういう横顔だったんだよ。満面の笑顔とも違う、なんか覚悟みたいなエネルギーが溢れてくるような顔だろ。ルフィと話すときはもっと楽しそうな顔なんだけどな。でもおれはこっちの表情を描いてみたくなったんだ。
「俺としちゃどっちも応援もしないけどな。今日は誕生日だからルフィ!お前にプレゼントだ!」
「ありがとう! 大事にする! ああでも無くすとやだから食っちまおうか」
「「食うなよ!」」
 ツッコミを半ば以上本気で入れ、一気に脱力したサンジに、1ページ減ったノートをしまいながら、ウソップが小声で言った。
「俺は中立だからな?」
「ああ、判ってるさ」
「だがまあ、応援はするさ。やっぱりどっちもだけど」
「そりゃ、ありがとうな」
 サンジはだらしなく座席に伸びて、目を閉じた。
 頭の中では色々色々考えながら。
 頑張って!だって。じゃあ頑張ってみるか優勝とかしてみるとか?
 あのとき腕まで掴んで、どうして抱きしめることさえ出来なかったんだろう、そうだ、帰ったときには一番にできたら笑顔が見たい。それで抱きしめたい。
 そんなことを考えていた。






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