5月5日快晴




 ナミはクローゼット全開で中身を引っ掻き回して、結局膝丈のシャツワンピースを取り出した。
「できればTシャツにサブリナ辺りがいいんだけどねえ」
「海へドライヴ、じゃないの? 早々無茶なことはするつもりないし」
 押し付けられたそれを着込みながら、ビビは問い返す。
「泊りがけで、ね」
 ナミは大判のタオルを二枚、バッグにぎゅうぎゅうに押し込みながら答えた。
「そりゃね。サンジ君なら大丈夫でしょうよ。ロングドレスだって対応可能よ。だけど今日は無茶なことさせる奴がいるの」
 手早く、遠慮の欠片もなく、ナミはさっさと部屋着を脱ぎ捨てた。
 Tシャツに、極短のパンツスタイル。全くもって悩殺的な素足・・・・・・で胡座をかいて、日焼け止めを首から丹念に塗りはじめた。
「ほら、あんたも塗っときなさいよ」
 SPF40。しかもウォータープルーフ。今は5月である。
「まさか・・・泳いだりはしないわよね?」
「できればやりたくないわね」
 大真面目にナミは返した。


 アパートの階段を下りていくと、感嘆の声があがった。
「ビビちゃん! そういうラフな格好も素敵だ! おはようございますナミさん・・・・・・うっ」
「何人見て呻いてんのよやあねえ」
 青みがかったメタリックグレーのセダンの傍で、バカ二人が嬉しいような困ったような、なんだかたまんないような顔をして視線を彷徨わせていた。
「・・・・・・いやなんとも結構な脚線美で・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 ビビはすたすたと後部座席に乗り込んで、扉をどかんと閉めた。
「ばかねえあんた」
「・・・・・・俺ぁ男として多少は同情するがな」
「・・・・・・てめえに同情なんかされてたまるか! クソ!」


 まあそういうわけで助手席には自主的にゾロが乗り込んだ。
「お前は後ろでビビと座ってろ」 渋面でそう言い張ったのだ。
 確かに私が助手席に座ったら、ビビのみならずゾロまでもむくれることになる。
 サンジは火のついてない煙草を咥えながら、ぶちぶちと呟いた。
「車ん中で一番安全な席って何処だか知ってます? まずねえ、運転席の真後ろ」
 バッグミラー越しにこっちを見て微笑うサンジ。しかしビビは拗ねたように窓の外に視線をやってしまった。鏡の中の眉毛がだらりと落ちた。しかしめげない。
「次がね、助手席の後ろ。後部の方が安全って言われてんですよ。一般にはね」
「一番危ねえのは何処だ」
「運転席。それにてめえが座ってる助手席だよ」
「エアバッグは? ビビ乗せたことあるはずよね?」
 後ろからナミが、返答次第じゃただじゃ済まさん、なオーラを発してくれちゃってるので、サンジは仕方なしに、告白した。
「付けてますよ勿論・・・・・・開発してすぐ頃に買った車だから、もっと買うの待てばよかったとか思ったけどさ」
 それならよろしい、と後部座席でナミは高々と足を組んだ。バックミラーから健全なる男子両名、さりげなく視線をずらす・・・・・・「やべえよナミさんその足は・・・」・・・・・・聞きつけたビビが、ついに後ろ向きに正座してしまった。慌てたサンジ、ハンドルそっちのけで謝りにかかり、横からゾロが危機一髪の追い越し回避。
「おいてめえ免許持ってたか?」
「いいや」
「あたしが運転するわ退きなさいサンジ君!!」
 サンジはダッシュボードに放り込んであった首都圏マップをゾロに投げつけた。
「てめえはナビしてろ。俺はとにもかくにも運転する。ビビちゃんには無事に着いてから謝る!」
 ナミが様子を伺うと、ビビは後部座席のシートに突っ伏して笑い転げていたのだった。


「それで、なんで湘南に向かってて、もう富士山が右に見えてきてんだ・・・・・・?」
「知らん」
「てめえあの標識を見ろ! ケモノ並みの視力でとくと見やがれ!」
「・・・・・・沼津、だな」
「通り越してんじゃねえかよ思いっきり!!」
「てめえが上の空で喋り続けてたのが悪いんだろうが」
「自分のナビ下手棚に上げてんじゃねえこの方向音痴!!」
「土産に干物でも買ってくか?」
「ああ買ってくさ!! クソっ!」


 湘南浪漫夕陽の黄金。カフェ兼ペンションの前に出された縁台にだらしなく寝そべって、沈みゆく夕陽を眺めていた〈大頭〉は、威勢の良いクラクションに飛び上がった。
「遅いぞお前ら!」
 カントリー調の窓が音を立てて開け放たれた。転げ落ちそうな勢いで乗り出した女性は、その落ち着いた風情にそぐわない大声を張り上げた。
「待ってたわ! 半年? 一年ぶり? 早くいらっしゃいもう仕度は出来てるの!!」
「おい剣豪、そいつは何だ?」
 〈大頭〉の問いに〈剣豪〉答えて曰く。
「沼津名産アジの開き」
 無精ひげに満面の笑みで、シャンクスは満足そうに頷いた。
「マキノさんに焼いてもらって一杯やるか」


 サーファーだったとか、ヨット乗りだったとか、釣りキチだったとか。要は海が好きで好きで他の世間一般のことはどうでも良かったらしいこの男、シャンクス。名前で呼ぶ人はあまりいない。〈大頭〉〈赤髪〉〈若大将〉〈船長〉 その他いろいろ。
 二つ名にはそれぞれ由来があるらしい。赤髪、なんてのは見たまんまだ。昔の仲間内では大頭。若大将、は店の客から。そして船長、と彼を呼ぶのは、古くからの馴染みだというこの店の主、マキノだけだ。
「沢山食べてね。プロに勧めるのは気が引けるけど、釣り立てってところは自慢できるわ」
 大皿に美しく盛られてるのは石鯛の刺身。香ばしい香りがたまらないスズキはムニエルで。カブの和風サラダに茹で上げの空豆、竹の子稲荷寿司、若竹清汁、アサリのピラフ。
 テーブル三つ連結させてもはみ出すくらいの大ごちそうの向こうでは、既にルウが箸を構えている。窓際で煙草を吹かしているベックマンがさり気なくVサイン。
「勝ったぜ、お頭」
 猿のように真っ赤になって怒っているシャンクスの後ろで、ナミはマキノに訳を聞く。
「釣り勝負なの。こないだ船長さんスズキは釣れなかったのよ」
 得意げなベックマン。そういえば昔この人を〈大頭〉と取り合ってたって聞いたことがある。
 ナミはすこしばかり羨ましくなった。


「ねえところでナミさん」
 ビビは、鯨飲馬食なこの宴を、涼しい笑顔でサポートしているマキノにひたすら感心していたが、ふとあることに気付き、ナミの袖をひっぱった。
「どしたの? マキノさんなら心配ないわよ」
 実はさっきからサンジとシャンクスの間で、密かにある攻防がなされているのである。実際マキノの料理は素晴らしかったのだが、それにしても過剰な賛辞と、隙あらばとびかうハートマークを、直前でシャンクスが悉くブロック、ブロック、ブロック。その証拠にさっきから好物のピラフを食べる手がすっかり止まっている。
「そうじゃなくて。私初対面なのになんで違和感なく溶け込んでるのかしら。これでいいのかしら」
 ビビは本気で悩んでいるらしい。部屋中に飛び交っているハートマークを気にもせず、ひたすら空豆を食べている。
「っていうか今日はどういう集まりなのかしら」
「あんたお刺身とかも食べなさいよ。美味しいわよ」
 真ん中辺りの大皿を引き寄せて、しょうゆと小皿を取ってやる。空豆はあらかた消えている。多分何を食べているのか自覚がないのではなかろうか。なんて勿体無い。
「実はこれで主役が来てないのよね。今日は単なる前夜祭」
「そうなの? あ、お魚美味しい」
「明日は肉だらけになるわよ。今日のうちに海の幸味わっとくのが利巧ってもんよ」
 まぐまぐと刺身を食べながらビビは頷いた。手近なのグラスの水を呷る。そしてふと我に返った。
「・・・・・・私も加勢します!」
 すっくと立ち上がったかと思うと突然の参戦宣言。スプーンを握り締めて、シャンクスの?アサリピラフをぱくりと一口横取りし。
「サンジさん! 私全部レシーブしてみせますから! 掛かってきなさい!!」
 あまりに堂々と宣言してくれたもんで、一瞬の静寂の後うおおおおと場内多いに盛り上がった。
 ナミは問題のグラスの中身を一口飲んで曰く。
「焼酎だわね」
「返せ。俺のだ」
 手を差し出したゾロと、飛び交うハートマークを悉くナイスキャッチなビビを見比べてから、
「いやよ」
 殆ど残ってたのを飲み干してしまった。
「ちょっとビビ! こっちきて!」
「今忙しいんです!」
「・・・・・・じゃああたしがそっち行く」
 はぐれ飛んで来たハートマークを撃沈しつつ、スプーンを放そうとしないビビの頭をがっちり捕まえて、ナミは熱烈なキッスをぶちかました。場内さらに盛り上がる。野次が飛ぶ飛ぶ。
「ナミさんずるいぜ俺も混ぜて!!!」
 それでもナミは素面なのだった。
「きっちり、取り返させてもらったわ」
 それってもしかして間接キスですか? ねえナミさん。
 勝ち誇ったナミのそばで、襲われた〜とへたり込んでしまったビビを、ベックマンが手を貸して座らせてやる。シャンクスはアサリピラフを確保しつつ、しみじみと語る。
「や〜若いっていいねえ」


 大騒ぎは夜8時で強制的に終了された。
 図体の大きい子供と変わらない面々に、〈おかあさん〉なマキノさんは言った。
「歯磨きして、シャワー浴びて、しっかりきっちり眠ること! 明日の朝は早いわよ!」
 は〜い、と野郎どもは意外なほど素直にその言葉に従う。
 ベックマンは相変わらず煙草を吹かしていたが、眠たそうな眼をしたシャンクスがマキノに何やら囁く頃には、ふらりと外に出て行った。
 嬉しそうな顔してんじゃないぜ、全く。


 裏手の二部屋に分かれて眠ることにした。眠ってしまったビビはサンジが抱えて。そのままオヤスミナサイとか言い出そうとする前に、ゾロがサンジを引きずっていった。
 なんだか修学旅行に似ているね。
 夜ベランダで待ち合わせようか?
 いっそこいつと部屋代わっちまうか、とゾロは笑った。



 遠くで波の音がする。窓の外から月が。綺麗な光だ。
 ナミはよく寝ている。自分が何時の間に何故ここで眠っているのかいまいち不明だったけれど、気にしないことにした。
 今何時頃だろう。
 立ち上がって、薄いカーテンの隙間から滑り出して、窓を開けた。
 月夜の海は暗いのかしら、輝くのかしら。そんな好奇心が、別のものを見つけた。
 誰かいる?
 砂浜の遠くの向こうから、波打ち際にそってひょろ長い影がこちらに向かって歩いてきた。
「よう」
 前触れもなく、こちらを見つけて軽く手を上げた。
 窓を閉めなきゃ。鍵をかけて。だって知らない人だわ。夜はあまり安全ではないはず。
「いい夜だな」
 あ、麦藁帽子だわ。
 来る季節と時間を間違えたような、麦藁帽子の男の子。
 ビビには何故だかそう見えてしまったので、窓を閉める代わりに、裸足でベランダに出た。
「あなた、だぁれ?」
「俺は、ルフィだ」
 に、と笑った。


 後ろではナミさんが眠ってる。彼は私が誰かも聞かずに、私を部屋の中へ追い戻した。
 それからベランダにもたれて、網戸越しに対面したまんま。
「ほんとは昼間に着きたかったんだけどな」
 背負った大きなリュックの中を引っ掻き回しながら、ルフィは一人で喋る。
「先に寄り道しねえとってんで、遅くなっちまってさ」
 ほらみろよ、おもしれえお面だろ。
 恐らくはアフリカとか南米とかの、異様に細長い不気味な面が月光に、にたり。
 ビビは悲鳴を上げそうになって、ルフィにしーっとたしなめられた。
「一回だけライオン見たぞ。象もいた。悪い奴に追っかけられてさ撃たれてここが焦げた」
 洗いすぎたようなジャケットの袖をつまんで見せた。焼ききれて端が焦げていた。
「俺ああいうの許せなかったからな。牙切られんの痛えんだからさ。殴ってとっ掴まえた」
 歯ぁ折っちまったけど、俺謝んなかったんだ。なあお前どう思う。
「だって、代わりに、なんでしょう?」
「ん。・・・・・・多分」
「象は?」
「車ひっくり返して、一人潰した」
 文字通りのその意味に、ビビは少し胸が悪くなった。
「怒ってたからな」
「・・・・・・あなた、誰なの?」
「ルフィ」
「昨日の主役ね」
「今日だろ?」
 麦藁帽子をくるくると。 
「夜は暗いからそんなにも好きじゃねえやな。火囲むのは楽しいけどさ。空が赤く青くなってくる頃が一番好きだ。ぞくぞくする」
「アフリカなんて行ってたの? サファリキャンプ?」
「いろんなとこ行ったぞ。でも好きなのは海と雪と空だ。おやすみ、また明日な」
 いきなり彼は立ち上がり、ばりばりと背中を掻いた。麦藁帽子で俯いて、言った。
「網戸から出んなよ。もっかい出たら、やっぱりもう知らねえぞ」
「何がどう知らないの? わかんないわ全然」
 大真面目な顔で睨み合った数瞬。根負けしたのは意外にも向こうだった。
「お前の色は五月晴れの空だからな。危ねえからな」
 俺が。



 7時半に起きてきたナミさんは、窓を開けたところで凄まじい悲鳴をあげた。
 呪いめいたお面が綺麗に陳列されてりゃ、そりゃ叫ぶだろう。
 そしてそれを聞きつけた隣室のゾロとサンジが寝呆けた格好で飛び出してくるなり、母屋の台所方面でまたもや悲鳴が。いや爆笑が。



「ぶわっはっはっはっは、は、ひーっひっひっひうっ、くっくっ苦しいぜ」
 はい船長さんお水。コップを受け取って一口飲んで、それからおもむろにそちらを見やって、ぶーと折角飲んだ水を吹いてしまう。
「わらってねえで助けてくれよ〜腹減ったんだよ〜〜」
 見るもおぞましい台所の敵対策「とりもちくん」やら「わなはさみくん」やらに、ごてごてに捕らえられて、にっちにもさっちにもいかないルフィ。マキノが救急箱とベンジンを持ってきて片っ端から剥がしに掛かる。
「つまみ食いなんかするからいけないのよ」
「だってゾロたち来てんなら昨夜ごちそうだろ。ずるいぞ」
「今日は今日で計画立ててあるのよ」
「ほんとか!?」
 飛び上がった拍子に流しの角に頭がぶつかり派手な音を立てたが、本人それどころではないらしい。
「ふぁーむ凪に豚を丸ごと一頭、頼んであるわ」
「嬉しいぞ肉ーっっ!!!」


 それで、納豆と味噌汁とアジの開きとどんぶり御飯と玉子焼きと海苔の佃煮を素晴らしい速度で片付けて、お皿の上には何も残らなかった。
 アジの骨さえも。
「・・・・・・嘘でしょ」
 最初のヨーグルトの一口めで手が止まったまんまのビビが、呆然と呟く。
「当たり前だろ」
「当たり前じゃないわ」
 楊枝を使うゾロの皿を眺めて、あきれ果てたようにナミが嘆いた。
「あんた達の歯が特製なの? 喉が特製なの? それとも頭の中身が特製なの?」
「全部でしょナミさん。ああこの落し玉子流石ですvvv」
 ビビは無意識ながら漂っていたハートを捕獲。ポケットにつっこむ。
「ウソップは? 一緒じゃないの?」
「編集部までは一緒だった。あいつはカヤんとこ先行くってさ。新しい本できたしな」
「もう出たの!? 前の本まだランキングうろついてるわよ」
「ウソップは面白いやつだからな」
 ?マークに埋もれて窒息しそうになってたら、マキノが一冊の本を持ってきた。
 賑やかな落書きが踊ったような、独特の表紙。見覚えがある。
 ○販売上ランキング上位常連の人気シリーズの新刊だ。紀行文というのが一番近い。
「読んだことない?」
「あります、ナミさんが持ってて貸してもらって。面白いんですよね全部嘘みたいなほんとで、楽しそうで。『南の島へ行く』が一番好き・・・・・・って、まさか本人!?」
 後半、枇杷にむしゃぶりついているルフィを掴まえて、両者間約10センチ。
「おう。新しいやつはな、なんだっけ?」
「さしずめ、『キャプテンウソップ・サファリ紀行』ってとこじゃない? 捻りがないタイトルだわ」
「わかりやすくていいじゃねえか。おい空色のお前! 枇杷食うか?」
「いただきます」
 隣の椅子に置いてあった麦藁帽子を取り上げて、ナミがルフィの頭にのっけてやる。
「麦藁のルフィ。キャプテンウソップの相棒にして、稀代の迷冒険家・・・・・・の、これが正体」
 こんななりでこんなやかましくてこんな大食いでも、J○Lのおねえさん達のアイドルよ。
「巻頭にいっつも『カヤに捧ぐ』って・・・・・・あの!?」
 闘牛の牛を放り投げた!? カヤックでオセアニア周遊した!? ナイアガラから落っこちた!? チチカカで遭難した!? ネッシーを釣ろうとした!? あの!?
「改めて言うと甚だしく馬鹿げているけど、そう、その『麦藁のルフィ』」
「盆も暮れも気にしねえやつだが、なぜか毎年5月に必ず、帰ってくるんだこれが」
 俺にも枇杷寄越せ、と、ゾロはひとつかみ分捕りて、ナミに大半をやってしまう。
「鮭みたいなものだわね」
 或いは渡り鳥の類か。
「春になってくると空が変わるだろ」
 マキノがパイナップルを切ってきてくれたもんで、今度はそれに齧りつきながらルフィは言った。
「空が変わるとあれが見たくなってさ。世界中回ったって、ここでしか見れねえもんな」
 ルフィは至極しあわせそうな顔をして、外を指差した。
 けれどそこには何もなかった。ただ青い空と海だけしかなかった。
 その瞬間、音を立てて周囲の空気ごと数メートル規模で凹んだようだった。
「・・・・・・・・・・・・シャンクス!! 今年は何で!! 昨日だったと思ったのに!!」
「早とちりすなよ。お前いい加減時差覚えろよ、ルフィ」
 絶望のあまりか真っ赤で真っ青なルフィをたしなめつつ、シャンクスはそら来たと笑った。
 店の入り口からベックマンが何か引きずりながら現れた。赤、青、五色の鮮やかな。
「手伝え〈剣豪〉」
「おうよ」
 この晴天に、鯉幟を揚げるのだ。


 頑丈そうな避雷針、と思っていたのは、実は鯉幟の柱だった。
 海風になびいて、素晴らしく大きな鯉幟が全部で5匹。
 尾の先まで、完璧に風をはらんで翻る。
「見事ねえ!」
「絶対に、この日に雨が降ったことはないわ。いつも必ず、晴れるの。快晴」
 5月5日は子供の日。
「ルフィはお日様の申し子だわ」
 二人ともお疲れ様〜、とビールが運ばれる。ビールを呷る二人を見ながらナミは考える。
 少なくともおでこの広さはそっくりだわ、と。
 あとは似てるとこなんかありそうもないじゃない、寡黙だの、力持ちだの、さり気なく優しかったりとかまあ大体その程度の。
 惚気の自給自足体制に入ってしまったナミにオレンジジュースを渡しつつ、マキノが囁く。
「いい男は何やっても様になるわ」
 シャンクスはルフィと並んで『こいのぼり』を歌っている。実に微笑ましい。
「未来予想図でしょ?」
「今の時点で互角なら未来それ以上を目指さなきゃ」
「いい男はいい女が育てるのよ」
「やりがい十分ね」
 電話がじゃんじゃん鳴り出した。あと10分で農場からの車が着く。
 BBQの準備を、さあしなくては。



「なあ、空色。お前肉食わねえのか。美味いぞ」
 食べてはいるのだ。
「なんで骨が一個もねえんだ?」
 それは単に切り分けた部分を食べていたからに過ぎないのだが。
「食えよ。とってきてやるから」
「珍しいなルフィ。いつも人の分まで食っちまうお前が」
 ピーマンをより分けながらシャンクスが茶化す。
「ありゃサンジのだろ」
「サンジのなのか?」
「今のところはな」

「なー空色、お前なんて名前?」
「ビビよ」
 縁台で二人して骨付き肉を齧りながら! ルフィはビビの髪の毛をひっぱりながら問うた。
「サンジはなんて呼ぶ?」
「『愛しのビビちゃん』だ。おいルフィそれ以上ひっつくな」
 煙草の煙を耳元でふかされて、ルフィは一瞬縮み上がったかと思うと、濡れた犬みたいにぶんぶんと身体をゆすった。
「大体空色ってなどういう呼び方だよ」
「こいつ空色だからさ」
「あーこいつにゃ日本語は通じても会話は成立しねえんだ」
 サンジは二人の座る間に割り込もうとしたが、ルフィは「とりもちくん」のようにひっついて離れようとしない。
「あーもう!!」
 サンジはビビを挟んで反対側に座り込んだ。
「てめえのスキンシップは常に過剰なんだ。ビビちゃんは俺が好きな人だから、お前は手を引いとけ!」
 間でビビは真っ赤になった。
「なんだサンジが惚れてんのか。なら問題ねえだろ。俺がひっつこうが」
 真っ赤になって先刻の台詞を脳裏で繰り返してパニック状態になっていたら、ぐいと手を掴まれて。
「攫おうが」
 強烈に引っ張られてつんのめりそうになって次の足を出したらそれは空を切った。
 荷物のように小脇に抱えられて、悲鳴を上げかけたところで、ルフィが急に止まって。
 二人して波打ち際にすっ飛ぶ羽目になった。打ち寄せてくる波で二人揃ってびしょ濡れに。
「はははははすまねえ俺泳げないんだった」
「・・・・・・力持ちなのねえ」
 他に言うべきことは沢山あったのだが、ビビは既に悟っていたのだった。
 ここが陸続きで前に道があったなら、間違いなく地の果てまで連れてかれそうな、恐さが。
「お前軽いぞ。すんごく軽い」
「ルフィてめえビビちゃんに何しやがる!!!!」
「連れてこうと思った。南の島に」
「俺は質問してんじゃねえよ怒ってんだよ・・・・・・」
 ルフィは立ち上がってビビに手を差し出した。
 ビビは立ち上がったが、びちょびちょのどろどろで最早取り返しがつかないほどだった。
「あーそうだお前俺の後ろからついて来い」
「え?」
「濡れちまって全部丸見え」
「っ!! きゃああああああ!!」
 

 ナミは用意周到だった。鞄の中から引っ張り出したシャツとパンツは、ナミのだったのでややサイズが合わなかったが、ビビにはとても有難かった。
 ただ見た目に大いに問題があった。襟ぐりの大きすぎるカットソーと、ショートパンツ。サンジは見た瞬間に逃げた。理性とダンディズム的に大いなる問題が発生したらしい。
 おかげでルフィはビビにひっついたまんま至極ご満悦なのだった。
 マキノは当然ながら彼らの本を全巻そろえていて、午後の長い時間を積もりすぎた土産話で埋め尽くした。


 5月5日は飛んで過ぎた。
 夕方ルフィはビビに問うた。
「お前海好きか? 空は?」
 ビビは麦藁帽子を取り上げてみた。そしてまた被せてみた。
 もう初めに見えた小さな男の子は、何処にも見当たらなかった。
「ねえなんで私空色なの?」
「俺が好きなもんが海で空で雪だから。ああ雪はちょっと違うな」
「海も空も雪も、好きよ。それに」
「サンジはいいやつで俺あいつすごく好きだ」
「そう、好きなのよ」
「だけどわかんねえもんな」
「何が?」
「だからお前いつか一緒に行こう」
 サンジがすっ飛んできて必殺の蹴りを繰り出す寸前に、ルフィはビビを掴まえて真後ろにひっくり返った。
「俺誕生日だから」
「おめでとう」
「もう決めちまった」
 恐い恐いと思ってた勢いが止まったと思ったら、一緒に走ってただけだった、みたいな意外さで。
 サンジが不条理を嘆きながらビビを助け出したとき、当の彼女はひっくり返ったままのルフィと眼があって、思い切り笑いあってしまってから、気がついた。
 いつかなんて日はいつだろう。
「お前が決めりゃあいいさ」
 口に出して言わなかったのに、ルフィはそう言って嬉しそうに笑った。



 一週間してダンボール箱が届いた。
 キャプテンウソップシリーズ全巻。作者のメッセージにはこうあった。
『見込まれたのが運か不運か。最高の幸せを祈りつつ』
 幸せって私の幸せ。だけど誰との?
 日本全国一周をするそうだ。勿論歩いて。
 そして本には書き込みが一杯してあった。乱暴な殴り書きだけれど、言葉の全てがすぐ傍で喋ってるみたいに溢れてた。
 そして空色のマーカーで印をつけられた一冊。
『キャプテンウソップ・南の島へ』


 そして、やたらとマメに電話をしてくるようになったサンジと、思いがけぬ贈物の話をしながら、心はうっかり南の島に飛んでしまっていたりした。






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