『希望』





 あなたこそが私の希望なのです。
 その意味を昔とは違う意味で、理解しなおしたように思う。


 視察と証した見舞いの為にコブラがアルバーナを留守にして、もう二週間になる。
 カトレアからナノハナへ。サンドラを渡り、エルマルへ。北上し、ユバ、レインベース。大きなオアシスの間に転々と散る集落までも、一つ一つ訪問をし、災禍から生き延びたことを祝い、亡き人を悼む。
 王都の復興が半分以上進んだと見て、すぐの出発だった。
 二年間行方不明だった娘に父は言った。
 これ以上は待てない。自分の子に怪我人が出て、飛んで駆けつけぬ親がどこにいる? 国民は私の家族だ。迂闊であったかもしれぬが私は王だ。王とは家長である。国民は家族である。なので私は行く。ビビよ、お前の父はお前だけの父で居ることが出来ぬ。許してくれ。
 王たるお父様は私の誇りです。アルバーナは私に任せて。皆が助けてくれるから、きっとうまくやれるわ。いってらっしゃい、パパ。


「ビビ様は変わられましたね」
 摂政として執務机に向かうビビに書類の束を渡し、彼は感慨深げに頷いた。
「こうやって机に向かって真面目にペンを持っておられると、あの腕白ぶりが嘘のようです」
「他には何も注目すべき点はないのかしら?」
「綺麗になられた」
「ありがとう」
「強かにもなられた」
「伊達に修羅場は潜ってないわ」
「頼もしい限りです。流石は我らの姫君」
「なんだかくすぐったいわね。どうしたの? ペル」
 かつての最強の戦士は剣を置いて、今は文官もどきをしている。
 翼が何時羽ばたくのか、誰も訊かない。
「慣れない仕事に感傷的になってるだけですよ。ビビ様はそうはなりませんか?」
「感傷的にはならないけど、肩は凝るわね。これでも随分我慢強くなったのよ」
 ペンを置いて腕をぐるぐると回す。そうすると途端に仮面がはがれた。腕白小僧じみたその仕草は、昔砂々団の頃にもよく見たものだ。専ら喧嘩の前などに。
 袖が翻って白い二の腕が見えるから止めて下さい、と。どうすれば問題なく忠告出来るだろうかと、憮然とするペルは、しかしあることに気付いてふと口を緩めた。
 まったく無駄がない。戦える腕。細身に見えて意外に筋力はありそうだ。逞しく、可憐。それは砂漠の花にふさわしい。我らの、姫君。
「大人になられました」
 そして自分の言葉にやや恥じ入る。

 目を伏せたペルをじっと見つめて、ビビは考えた。
 誰よりも強いと思っていた戦士が斃れたと思ったあの時、自分が何を思ったのか覚えていない。
 ただそんなことはあるはずがない、と、全身全霊をかけて信じたはずだ。
 こんなことがあっていいはずがない、と。
「二年間は長いわ」
「はい、本当に長うございました」
「お父様も最初少しだけ年取って見えたわ。今は、もう元気になったけど」
「心配しておいででしたよ」
「そうね。でもお父様は私を信じて待っててくださった。だからこれから私はいい娘でいなくっちゃ」
「一つだけお聞きしても?」
「ええ」
「私はどう変わって見えますか」
 これはとても珍しいことだった。
 守護者として、武人として、控え過ぎなほど遠ざかろうとする彼が、自分について問いかけるなど。
 ビビはしばらく考えてから口を開いた。
「昔のペルは神様みたいなものだったわ。ハヤブサだし、石像はあるし」
 思いもしない答えにペルは唖然としている。
「石像は壊れた。全部壊れてしまったわ。でも昔の私の目も確かだったと思うの。ハヤブサの神様は私を守ってくれる神様」
 ビビは窓際へ立ち、外を眺めた。最初は何かの間違いだと思った。生きているはずがない。けれどそう信じたわけではなかった。
 信じていることが力になる。それは真実だと思う。明日があることを信じる。それが希望だ。
 私が望んだ未来にはあなたもいたから、あなたが死ぬなんてこと私は信じられなかった。傲慢に聞こえるだろうか。けれど明日は自分で選ぶものだ。希望を導き手として。
「きっとあの時のペルは神様だったんだわ。神様の力は私たちを守って、空高く飛んでいった。だから今のペルは普通の人で、無敵じゃない。少し疲れてて、身体も辛そうで、でも幸せそうに見えます」
 ビビは振り返ってペルを見た。
 翼は、また羽ばたくことがあるのだろうか。
 神様は去って、明日は描いたとおりになった。
「自分でも信じられませんでした。自分がまだ生きていると知ったときは、これは何かの間違いじゃないかと。けれどこうも思ったのです。私にはやるべきことがあるのだと」
 ビビに向かい、ペルは誓いを挙げる。
「私はネフェルタリ家に仕えることを誇りに思います。そしてあなたこそが我らの希望。あなたが未来を拓かれるのならば、神に頂いたこの命かけて、私はあなたのために生きてまいります」
 ビビは声も無く立ち尽くしていた。あの日々の希望は今は海の彼方。けれどアラバスタを愛し、見送ることを選んだその時、希望はこの胸にもあった。
 信じることが奇跡をもたらす。そのことをビビは知っていた。
 やがて、絶句してしまった姫君に、ペルが不安を感じ始めた頃。ようやくビビは口を開いた。ずっと言いたかった、ただ一言だけをやっとの思いで口にした。
 アラバスタの神に感謝します。私が愛するこの国に感謝します。私を信じた友に感謝します。
 私に信じさせてくれた全てに感謝します。
 
「ありがとう」 
 



2月2日
スノードロップ 【待雪草(まつゆきそう)】
〜 希望 〜
学名: Galanthus L. 英名: Snowdrop





*この文章は、ビビ誕生祝いに付、ビビが好きな方限定でDLフリーです。*

誕生花・花言葉は、第一園芸様HPより

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