だって夏だろ?




 湘南の海を旅立ったのが五月の半ば。
 ルフィが「梅雨は嫌だ北に行こう」と言うので、俺たちは真北に向かった。
 日本の一番いいところは日本語が通じるってことだ。
 ルフィは日本語すら危ういやつだが、何故か誰とでも会話が成立する。端で聞いている俺にはさっぱり分からないけれど、多分通じているんだろう。
 相手が宇宙語ルフィが日本語、げらげらと馬鹿笑いしながら手を振って分かれて、大概はトラブルへ一直線だ。それが話の内容のせいなのか、最早そういう運命なのか、そればっかりは誰にもわからない。
 そして真北に向かった俺たちは、何故か富山にたどり着き、そこから時計回りにぐるりと回って、今は何故か房総半島に居たりする。
 今様奥の細道ってところか。違うのは芭蕉先生が和歌を読んでいたあたりで、俺らは蜂蜜の収穫をさせてもらったり(いやむしろ蜂蜜を食いまくったり)、乳絞りを手伝ったり(カウボーイの真似をして怒られたり)、田植えを手伝ったり(泥遊びに興じたり)しているだけなのだけれど。
 たった一つ変わったことがあるとすれば、自分の食欲以外認識していなかったルフィが、旨いと思ったもの全部、他人に食わしてやりたいとか言い出したことだろう。
 蜂の子は嫌がられるから止めておけと説得したが、困ったのはソフトクリームだった。
 仕方がないからバターとチーズで手を打ったが、奴はやや不満そうだった。
「連れてってやりてえとこ増えちまうよなァ」
 確かに旨かったさソフトクリーム。
 ああ。俺もカヤ連れてきてやりてえな。


   さて、千葉といえば落花生とスイカと花だ。
 郵便局で資金を下ろして出てくると、ルフィの姿が見当たらない。どうせそこらの食い物屋に張り付いてるんだろうと思ってベンチで待っていたら、大きな立派なスイカを二つも抱えて、うっれしそうな顔して駆けてきた。
「ウソップ! 釣りやろう!」
「またどっかで貰ったのかよ?」
「釣具屋のおばちゃんがくれた。割れてて売り物になんねえからって」
「割れてて? ってルフィお前服べたべたじゃねえか!」
「仕方ねえよ。釣ってるうちに乾くさ」
「釣り道具作んの時間かかるぞ」
「問題ない。おばちゃんが貸してくれるってよ」
「無料!? 日本もまだまだ捨てたもんじゃねえなあ」
「代わりに釣った魚半分くれって。晩飯のおかずかな? 何が釣れんのかな?」
 ところで、なんで釣具屋でスイカ売ってんだ?


「割ったスイカを〜」
 ばきっと真っ二つに割れた真っ赤なスイカ。岩場にだらだら甘い汁が零れる。
「赤いとこをバケツに入れとく〜」
 ぐっしゃぐっしゃと素手で豪快にかき混ぜる。近くの水道で洗ったシャツは、岩場に貼り付けて石で抑えてある。天気は快晴。
「寄せ餌にすんのさ」
「魚がスイカなんか食うのか?」
「食うだろ」
 釣具屋のおばちゃんの話によると、出荷できなかった腐れスイカを海に捨てていたら、魚が味をしめたとか。ほんとかよ。
「甘い方が良く釣れるって言ってたぞ」
「贅沢だな、おい」
「そうか? 俺ならやっぱり甘い方に釣られちまうけどな」
「てめえは餌だけ全部食ってくクチだろ」
「まあな〜」
 ひしゃくで寄せ餌代わりのスイカを勢い良く撒いた。釣り針に親指の先くらいのスイカをつけて、海に放り込む。
 ぷかぷかと浮きが波に揺れる。
 太陽はじりじりと照りつける。
 スイカなんかで魚が釣れんのか? と半信半疑だったが、これが意外なことによく食いつくのだった。黒っぽい鱗の大きい奴が何匹かと、それに銀色の少し小さい奴もよく釣れた。
 シャツはとっくに乾いていたが、潮風が気持ちいいと、ルフィは上半身裸のままだ。
 岩陰に散らばったスイカを、カニが両のハサミで掴んでむさぼり食っている。
「・・・・・・このまま南行くと、もうすぐまた東京だろ」
「そうだな。あー俺一回寄り道していいか?」
「お嬢様んとこか?」
「それもあるけど、編集部に日記出して行きてえんだ」
「あーそりゃ別に構わねえけど。そんなら俺も寄り道すっかな」
「ゾロんとこか?」
「サンジんとこにメシ食い行って、ナミんとこにメシ食い行く」
「・・・・・・メシ食う以外に言い様はねえのかよ」
「・・・・・・あーあと空色に会いてえな」
 付け足しのように見せかけてはいるが、メシの話と同じかそれ以上熱意が見え見えだった。
「そうだスイカ持ってってやろうかな。こっからナミん家近いよな」
「近いったって、電車乗れば直ぐだけどよ」
「女って果物好きだろ? よし決めた! 新幹線で行くぞ! その方が早い!」
「・・・・・・房総半島は新幹線通ってねえよ・・・・・・おっとまた食いついた!」
 びちびちとはねまわる魚を、既に満員御礼なバケツに放り込む。針に新しい餌をつけようとして、ウソップは唖然とした。スイカは何処へ行った?
「甘ぇぞ。ウソップお前も食うか?」
 がぶりがぶりとカニさながら、ルフィが両手にスイカを持っている。そして緑色の皮すれすれの残骸が、隣に丁寧に積んであった。
「あーっルフィてめえ一人で食いやがったな!」
「一人じゃねえぞ。こいつらも食ったし」
 バケツの中の魚を指差す。
「俺もスイカ食いてえ! っていうか食うぞコノヤロウ!」
 釣りはそろそろ止めだ。バケツの中の魚は、半分釣具代で払っても、今日の晩飯には十分すぎるくらいある。
「大漁だな! 焼いてもらって泊めてもらおうぜ」
「もらうばっかりじゃ悪い・・・・・・くもねえか。旅なんてそんなもんだしな」
「そんで明日スイカ買って東京行こう」
 結局俺はスイカを食い損ねた。
「そだな。あー房総半島なら花も有名だしな花買ってこう」
「花は食えねえだろきれいだけど」
「女ってな花も好きなんだよ」
「俺も花は好きだぞ」
 シャツをひっかけて、バケツと釣り竿担いで、ルフィは振り返って叫んだ。
「それに海も好きだー!!」
「はっずかしい奴だな・・・・・・」
「ソフトクリームも好きだぞー!」
「はいはい、っと」
「空色も好きだぞー!!」
「はい?」
「皆大好きだー!!!」
 にしししと照れたように笑う。俺も思いっきり息を吸い込んだ。
「俺もだー!!!」


 花買ってこう、花。
 ひまわり、アスター、クジャク草
 
 スイカ買ってこう、スイカ。
 ずっしり重くて甘いやつ。

 花担いで、スイカ抱えて、会いに行こう。



 だって夏だろ?






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