「映画のかかるような大きな街には、何時になったら着くのかしら」
丁寧に蒸らしたポットからゆっくりとサンジは紅茶を注ぐ。時折テーブルが床ごとぐらりと揺れる。外は荒れ模様だ。
「ナミさんに分からない航路を、俺が知ってると思う?」
ありがとう、とカップを受け取り、ナミは机に半分広げてた新聞を畳む。
「サンジ君はこのタイトル気にならない?」
映画の広告だ。
死ぬまでにしたい10のこと。
小さな頃には、見える全てのことが確かで、見えない遠くを手に入れたくて必死だった。
良いことも悪いことも足元から後ろに順番に並べて、次を手に入れようと踏み出した。
道があるのは嬉しいことだ。振り返れば力が湧いてくるから。
やりたいことなんかどんどん増えていく。
「一つ目はね、世界中の海図と地図を描くのはもう決まってて」
「俺はオールブルーを見つけてね」
「二つ目は、充分なお金を確保」
「流石、ナミさんらしい」
「三つ目は、何時も良い天気と、良い雨と、時には嵐もまあ許すわ」
嵐OKなの?
うん。だって凪ばっかりじゃつまらないでしょ。で、みかん大豊作。
四つ目。ウェディングドレス着てみたい。
花婿の御入用は? 如何でしょうこんなん今目の前に居ますけど。
間に合ってまーす・・・多分。サンジ君は教会の前でハンカチ引き絞って、「それでも綺麗だナミさーん!」ってやってほしいな。
・・・・・・残酷だよね。でも好きさ。教会でやりたいの?
ううん、まあ定番だって思ったの。
五つ目。それでね、子供は欲しい。子供好きよ。私の子供ならきっと可愛いに決まってるから手ぇ引いて連れ歩いて自慢しちゃう。
手ぇ放したら迷子になるかもしれないもんねえ。
そうねえ。あははは。私が子供だった頃みたいに色々考えるのかしら。それを聞くのはどんな気分かしら。それでさ、いつか羨ましいくらいの男前つれてきたりしてさ。
女の子って決めてるの?
今のところはね。旅立つ息子を見送る自信がついたら、男の子でもいいわ。
そっか。
うん、そうなったら孫の顔見るまでくたばるわけには行かないわよ。
うわーおばあちゃんですか。ナミさんが。其の頃には俺もおじいさん。いやジジイか。
どっかのの誰かにクソジジイとか言われてたりして。
んなこというガキは蹴飛ばしてやりますよ。
長生きしたいって思う?
っていうか死んでる場合じゃないでしょ。100年じゃ足りない気がする。
いやんなるくらいしぶとく生きたいな。
若さの秘訣教えてもらえばよかったかしら。
次の航路でまた寄るか。あの素敵ばあさんにもナミさんみたく可憐なころがあったんだと思うと不思議な気がするよ。
わたしなんとなく分かる気がするのよ。
何が?
若さの秘訣。それって多分後悔しないってことでしょ。立ち止まらない分遠くまで走って生けるのね。良いことばっかりじゃないにしろ良い人生だって言える人の人生は長いわよ。充実して充分な長さがあるってこと。
楽しく生きたって事なのかな。
楽しく面白く全速力で生きて・・・・・・。
それってあいつがまさに地でやってないか?
あいつと一緒に居ると絶対もありえると思うのよ。
・・・・・・うん。
一応ありえないって分かっちゃいたんだけど。
ねえ。
うん。
なんかね。
死ぬなら満足しきって幸せに死にたいかも。
それってそう簡単にはいかないでしょ。
そう。だからまだまだ死んでる場合じゃないのよ。当分無理ね。
これで何個になった?
そろそろ十個くらい?
私ね、絶対十個しか決められないって言うなら、決めるのは九個までにしとくの。
どうして?
だって最後の一個は簡単には決めちゃいけないでしょ。長生きしてればいろいろやりたいこともあるだろうし、どうしても譲れないことがどんどん増えてくし、もうあと十個願いを増やしてくれとかいうのもありでしょ。本当は。理屈で言うなら。
願いじゃなくてしたい事じゃなかったの?
・・・・・・自分が自分でかなえる自分の願いよ。どう?
参りました。その通りだナミさん。
真理でしょ。
素敵だよ。
どかぁんと扉が蹴破るみたいに開いて、猛り狂ったようなゾロが怒鳴った。
「喋ってる場合か! もうすぐ夜が明けるぞ!」
「喚くんじゃないわよ。お茶くらい落ち着いて飲ませてよ」
「仕方ねえ。ひと働きしてくっか。ナミさん、続きはまた後で、ね」
ポットを手早く片付けてサンジはひらりと手を振る。
「あ、ねえちょっと待って」
「なんだい?」
「こういうのもありかしら」
「うん?」
「こういう、たわいない話をしながらサンジ君の入れてくれたお茶を、そうねえ、あと一万回くらい飲みたいわ」
「ナミさんの娘さんとお孫さんとクソ旦那も込みで?」
「うん」
苦笑いでサンジは頭をぐしゃっとかき混ぜる。うつむいて口元しか見えない。声は笑みを含んでいていつもどおり優しい。
「そうだね。そういうのも悪かない」
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