自転車泥棒
300:roki様




 正直な話。何かが大きく変わってしまうのではないかと恐れてた。
 心臓すれすれを抉るような応酬。なんでもないことのように斬り捨てたあいつが、本当は直ぐにも泣き出したかったなんて、あの時点ではまだ信じられずにいた。

 あんな会話をした後じゃあどんな正直な言葉でさえも皮肉に聞こえそうで。
 そんな俺のジレンマにあいつは気付いているのかいないのか。



「ねぇゾロ、てっぺんの蜜柑届かないから取るの手伝って」
「ねぇゾロ、本が本棚の裏に落ちちゃったから取って」
「ねぇゾロ、みんなの冬服買出しに行くから手伝ってよ」
「ねぇゾロ、ちょっと海図のこっち端、掲げて持ってて」
「ねぇゾロ、ちょっと街出たいんだけど護衛よろしく」
「ねぇゾロ、物は相談だけど次ぎ遭った海賊船で一稼ぎしたいのよ」

 ねぇゾロ、ねぇゾロ、ねぇゾロ、ねぇゾロ、ねぇゾロ、ねぇ・・・・・・・・・・・・・。



「俺は使われんのは嫌いなんだ。大嫌いなんだ」
 夕飯も片付けた後。
 ダイニングの隅っこで鬱陶しく頭を抱えているゾロを哀れに思ったか、サンジが釣りたての何だかよく分からない魚の刺身付きで、酒瓶を取り出してきた。
 飲み始めてから三十分も経っていない。当然酔いなんてまわるはずもないのだが。
 普段は寡黙にひたすら飲む剣豪が、珍しくぼそぼそと不満を述べている。
「いいじゃねえか。俺だったらナミさんが望むなら何だってしちゃうね」
 ふぃーとハート型の煙を吐き出しつつ真剣な顔のサンジ。
「むしろあんな風に懐かれてるお前が、羨ましい気さえ俺はするね」
「懐かれてる? 子供じゃあるまいし。前よりかむしろ性質悪くなってるぞ」
 気付かないうちに言質を取られる。何時の間にか契約が増えてる。
 知らない借金と借りと約束がぐるぐる巻きに彼を絡め取っていて、気付けばその端を全部握ってにっこりと笑うナミがいる。
 根が真面目なものだから踏み倒すことも出来ず、利子の返済にもならないようなささやかな用事でこき使われる、すっきりしない毎日。
 生まれて初めて心理的ストレスというものを実感しているゾロである。
「あいつは魔女だ。誰がなんと言おうと魔女だ。俺がそう思ったからそうなんだ」
 刺身をつつきながらなんだか目が据わっている恋敵(自覚なし)に、サンジは呆れ半分恨み半分な視線を向けた。
 自分より先にアーロンパークについていたゾロは、ナミの仮面の姿とやらを見ているわけだ。良くも悪くもプライドの高いナミのこと。必死で仮面を演じきろうとしていた彼女なら、そんな姿を見られた相手と仲良くお喋りするのは結構辛いはずだ。
 ウソップも同条件だったらしいが、あれは善人でお人良しで人間愛に溢れてるから、しかも過ぎた悪いことを何時までもとやかく言うようなやつじゃないから、ナミとしても心が楽なのだろう。しかしゾロの場合は。
「また何時裏切るかとか何とか・・・・・・てめえさり気なくこの期に及んでとんでもねえこと言ってやがったしな。なのにまるで変わりなく接してくれるナミさんに、むしろ感謝しろ」
「流石サンジくんね。でも仕方ないのよ、だってゾロはゾロだし」
 とか言ってたら御当人の登場。
 いきなり扉を開けて入ってきたかと思えば、なんとも偉そうにこの台詞だ。
「何の用だてめえ」
「てめえはやめろナミさんと呼べ!!」
 いいのよサンジくん。片手でストップかけて、ナミはくるりと後ろを向いた。
「この服後ろ開きなのよ。金具に髪の毛引っかかっちゃった。自分じゃ無理だから取って」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺がやりましょうかナミさん」
「いいの。ゾロ、取って」
 わざわざの御指名だし。
 引っ張らないでね痛いからとか切ったら嫌よとか無理難題を聞き流し、細い髪に苦心しながら絡まった数本を解きにかかる。
 なんだかいい匂いがする。
 細ぇ首だなあと思う。簡単に折れるなとかろくでもないことを考える。
 腕とかは日に焼けているけれど首筋は髪に隠れて白いままだ。
 ってなんだかとても体勢的にまずいような気がしなくもない。
 何より背後から尋常でない殺気が向けられているし。
「・・・・・・っし、取れた」
「二本くらい千切ったでしょ。切っちゃ嫌だって言ったのに」
 礼も言わずにナミは不満顔だ。しかもどうしてそんなことがわかるんだ。
「手先の器用な奴なら他にもいんだろが」
「・・・・・・ん。ま、しょうがないっか」
 ありがとね。おやすみ、ゾロ、サンジくん。

 面白くなさそうな顔でナミはあっさり出て行った。
「っ!! てめえなんて羨ましいっ!!」
 途端に蹴りが飛んでくるのは予測済みなのである。
「ナミさんの首筋っ。触ったりしなかったろなてめえ」
「・・・・・・ナミがお前に頼まなかった理由ならなんとなくわかるぜ」
 本気で鼻息荒く、声を潜めつつも怒鳴るサンジに、ふと納得するゾロ。
「てめえに頼んだら髪取るだけじゃ済まなさそうだもんな」
 背中開きの服の金具なんか持たせたら、脱がす以外の手はまず思いつかないだろう。
「当たり前だ!! 大体そこまでわかっててなんでっ!! ・・・・・・・っと、やべえやべえ」
 顔をぶんぶん横に振って、あーやってらんねえと今度はサンジが頭を抱えてしゃがみ込んだ。


 わかってても今更どうしろってんだよ。
 もうまるきり間抜けな道化にしかならないんだな。
 言いたいことを上手く言う方法もタイミングも逃しに逃して、
 置いてけぼりのジレンマが、頑丈なはずのこの胃袋さえ痛めるんです。



 それと同じ頃、浴室の鏡にむかって髪を解きながら、
「サンジくんがいたのは誤算だったかな・・・・・・。それにしても流石迷子でも剣豪ね、ちょっとやそっとじゃ動じない。それとも気付いてないのかしら? なんて鈍い奴・・・・・・」
 それとも私程度の小娘じゃ相手にもしないってことかしら?
 そりゃあ港町の綺麗なおねえさんなんて大勢いるけどさ。
 ・・・・・・上等じゃない。
 闘志を燃やすナミがいたりして。



 一度は追いかける手を振り切って逃げた彼女が、
 もう一度戻る気になったら今度こそ無敵の確信犯。
 全部のペースは彼女のもの。
 笑ってくれるならそれでもいいかとあきらめた。






ちょっぴり生殺し。


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