幸福論
2222:みつる様




 頬杖をついて明るい緑の葉を見上げる。
 天気は上々、風はやや強め。暑すぎるくらいの太陽は真上にある。
 ルフィは頬杖をついた形のまま仰向けに寝返りを打った。
 強すぎる太陽に目が眩みそうだった。ここにこうやって、もう何分経ったろう?
 熟れてないみかんは食ってもあんまり旨くない。旨くはないがいい匂いがする。だからこうやっている時間も、結構悪くはないとルフィは思う。
 熟れてないみかんの匂いは太陽の匂いそのままだ。それも潮風じゃなくて踏みしめられる地面の匂い。時々恋しくなる匂い。
 悪魔の実は海の悪魔の化身だと聞いた。食うと海に嫌われる。でも考え方を変えればたいしたことじゃない。人間は空が飛べないし、鳥は海を泳げないし、魚は地面を歩けない。
 そこまで考えて首をひねった。ということは、やっぱり魚人って奴は凄いんだろうか。でもなんだかそれも少し違う気がして、ルフィはさらに首をひねった。
 魚人は魚の人だけれど、魚でも人でもない。自分が何なのか分かりづらいのは、あんまり楽しそうなことじゃないなと思った。
 自分はゴム人間だけど、もしかしたら自分は人間じゃなくてゴムなんじゃないかなんて、間違っても考えたりしない。ウソップのパチンコについてるそれと自分とが、まるで違うということを、自分はちゃんと知っている。
 そうか、魚人もきっとそのことを知ってるんだな。
 ルフィはふいに笑った。何か凄いことに気付いたような気がして嬉しくなった。
「なに、ねじれて笑ってんの?」
 半分呆れたような、半分優しいような、もう聞きなれた口調が頭の上から降ってきた。
 閉じていた目を開けると、逆光を背負ったナミが覗き込むように屈んでいた。
 みかんと同じ色の頭が縁のとこだけ金色に光ってた。
「お日様だな」
 同じ色だ、と口の中で呟いた。
「・・・・・・首、元に戻したら? なんか人間じゃないみたいに見えるわよ」
 ひでーなと思い、思ったまんま口に出しながらも、勢いつけて首を一回転させた。
「なー、みかん食いたい。ちゃんと甘いやつ」
「もう少しってとこかしらね。焦って酸っぱいの食べたくないでしょ?」
「甘くなったら分けてくれるか?」
「駄目だって言う理由、特にないしね」
 おおやったぜと、宙に頬杖ついてた手を万歳に伸ばして、緑濃い葉に触れた。
「・・・・・・そうだ、これも、同じだな」
「何と?」
 聞き返しながら、ナミは頬についた泥を綺麗な指で払い落としてくれた。
 ああ、お日様だ。お日様と土の匂い。濃い青葉のむせ返るような匂い。
「全部。全部おれの仲間だな」
「んー、あんたの言ってることって時々さっぱり意味不明ね」
「いいんだ。おれにはちゃんと分かるから」
 まーいいわ、あんたがそう思うんなら。ナミはそう言ってみかんの木に手を伸ばした。
 緑濃い葉をそっと陽に揺らせて、そやっているナミがなんだか嬉しそうだったから、手を伸ばした。
「・・・・・・なあ、こやって上見ててみろよ。いい匂いしてすげえ落ち着くから」
 全部おれの仲間なんだよ。すごいよな。
「そんなの、ずっと昔から知ってるわ」
 わたしの場所だもの。やっと取り戻した、わたしの場所だもの。
 そう言いながら、上の方の枝の、まだ少し青いみかんを一つとってくれた。
 嬉しかったから、目を閉じてその匂いを嗅いだ。
「なぁ、おれ今すごく嬉しんだ」
「それってわりと何時もじゃないの?」
「ん。でも今が嬉しい。天気いいし気持ちいいし、お前ちゃんと帰ってきたし。・・・・・・昔な、こやって寝っ転がってると叱られた。汚れるって。でも好きなんだ。すげえいい匂いがする」

 海も空も地面も、全部好きだけど欲張らないでおくよ。
 果てだけ見つめてなお遠く追い続ける海も。
 この手を伸ばせば掴めそうで届かない空も。
 この足で踏みしめこの上で生きてく地面も。
 全部、確かにそこに在ることに変わりはないから。


「昔は、小さかったから。背伸びしても見上げるようだった。でも今の方が土を近くに感じるのね」
 不思議なことだとナミは言った。
「変わってしまってから気づくことが多すぎるから、私は多分遠回りをしすぎるの。あんたはただまっすぐ進むから、何が大切とか、考えなくてもわかるのね」
 全部おれの周りにあることに気付けて良かった。
 会えてよかった。
「わたしも今すごく嬉しい・・・・・・幸せなの。これまでなかったくらいにね。それで、自分が幸せだって分かって、すごく嬉しい。幸せ」
 良かったな、と言ったら、ありがとう、と言われた。
「あんたってやっぱりすごいわ」
「そりゃあ、海賊王になる男だからな」
 みかんの枝葉に寄り添うみたいにして、何か思ってる風なナミは、やっぱりこの匂いを感じてるんだろうか。

「あんたがいてくれてよかったわ」

 うん。おれもおまえがいてくれてよかったよ。

   貰ったみかんを陽にかざして、金色の残像が残ったまま目を閉じて深く深く息を吸った。
 やっぱりお日様の匂いだった。






お日様、青葉、そして湿った土の匂い。


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